
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
差別が日常的になった、アパルトヘイト後の分断された社会。ドラムの音は人と人をつなぐコミュニケーションツールになった
Drum Cafe Events CC and Drumstruck CC
創業社長
Warren Lieberman
株式会社ドラムカフェジャパン
CEO
星山 真理子 / Mariko Hoshiyama
「その昔、人々が何か大切な決断をする時には、火を囲んで一緒に歌ったり踊ったりしてから話し合いを始めていました。時間をかけてつながりを育んでから、ものごとを決めていたのです」
そう話すのは、南アフリカ発のエンターテインメント系チームビルディングカンパニー「ドラムカフェ」の創業社長Warren Lieberman(ウォレン・リーベルマン)だ。
ドラムカフェでは、ジェンベと呼ばれるアフリカの伝統的な太鼓を使ったチームビルディングメソッドを提供している。海外ではグーグルやマイクロソフトなどのビッグテック社をはじめ、フォーチュン誌のトップ500社に入っている企業の半数以上が同社の研修プログラムを導入しているという。
「ドラムカフェには独自のチームビルディングメソッドがあります。それに沿ってジェンベを使い、参加者全員で対話をするように相互にドラムを叩きます。セッションの鍵を握るメインのファシリテーターは、南アフリカ本社から参加します。ドラムカフェのチームビルディングメソッドに精通したアーティストです」
セッションは1コマ30分〜1時間半ほど。全部で4つのプロセスをチームで体感する。プロセス1は、仲間の境界線を取り除く「ブレイク・ザ・バリア」。プロセス2は、チームの意識を統一しベクトルを合わせる「ファンデーション」の構築だ。
プロセス3では、相手の音をよく聞き、それに応える「コール・アンド・レスポンス」を行う。最後のプロセス4は「ハーモニー」、ここではほかの打楽器を取り入れる。お互いの役割を受け入れ、それぞれの個性を発揮、自由に表現しながら一致団結するプロセスを体感する。
「最後はパーカッションやダンスで目立とうとする人が出てくることもあります。『やりすぎでは?』とはたから見ると思われるかもしれませんが、プロセス1〜3を共に体験するからこそ、お互いの個性を承認し合えるマインドが醸成されるのです。強いチームを作るには個性や才能を臆せずに発揮できる場所が必要。そう感じられるかどうかがポイントです」
自己流でドラムを演奏しようとしたり、分かったつもりで音を鳴らしたりすると、ズレが生じてハーモニーが乱れてしまう。コミュニケーションの度合いが顕著に出るのが、インタラクティブ・ドラミングのおもしろさだ。
アパルトヘイトが撤廃された1994年。当時ウォレンはドラム奏者である友人の影響で、ドラムの演奏を学びたいと考えていた。そこで毎週火曜日にこの友人を自宅に招き、教えを請うことにした。
最初の練習こそ、ウォレンとドラム奏者の友人の二人で行ったが、翌週には別の友人が「自分もドラムを演奏してみたい」と参加。翌週も、そのまた翌週も参加者は増え、3カ月後には100人もの人たちが自宅に集まり、ドラムを練習するようになった。
人がたくさん集まれば、パーティーの始まりだ。料理を振る舞い、みんなで食べ、ドラムを叩く。しかし、夜22時をまわると警察がやってきて、パーティーをやめるよう警告される。
「みんなが集まって、自由にドラムを演奏できる『場』を作らなければ」
1997年、ウォレンは「ドラムカフェ」という名でカフェをオープン。人と人とが出会い、コーヒーを飲んだりドラムを鳴らしたりしながら過ごせる「場」を作った。ドラムの音が周囲に漏れないよう、施設には防音対策を施した。
南アフリカのグリーンサイドに出店したこの一号店はたちまち人気となった。同じ年、ドラムカフェの噂を聞きつけたある企業から、「音楽を使ったチームビルディングができないか」と初めて依頼を受けた。
「この企業では、白人と黒人が分断された状態にあることを問題視していました。当時はアパルトヘイトが撤廃されたばかりで、両者の間には、いまだに分裂の歴史が影を落としていたのです」
迎えた当日。開始直後は黒人サイドと白人サイドに分かれ、それぞれでドラムを叩いていた。その様子は、まさにその企業が抱える課題を表していた。しかし、ドラムを叩き続けて1時間後——。
「気がつけば、黒人も白人も、みんなが一緒になって歌ったり、踊ったりしていました。お互いの『違い』を忘れて、一つになった瞬間でした」
その後、インタラクティブ・ドラミングによるチームビルディングの成功事例を積み重ねたドラムカフェ。1997年から2007年の10年間は、1カ月間に100社ほどから予約が入るほどの盛況だったという。
1999年にはアメリカに初めてドラムカフェをオープンしたほか、イギリスをはじめとする世界中の人たちが評判を聞いてウォレンのもとを訪れ、インタラクティブ・ドラミングのトレーニングを受講した。
どうすれば人々を団結させることができるかを常に探究し、音楽を使ったチームビルディングのエキスパートとして、年齢、性別、文化、宗教に関係なく、たくさんの人々をつないできた同社。ドラムのビートが人や企業を強力に引きつけた、その理由をウォレンはこう語る。
「小さな子どもと互いに気持ちを伝え合おうとする時、親は歌を歌ったりするでしょう。歳を重ねるにつれて、人々はそうした感覚を忘れてしまいます。ドラムの音には、忘れかけていた何かを思い出させる要素があるのではないでしょうか。大人になってから再び、『音楽を通してつながる』という体験ができる。それがインタラクティブ・ドラミングの魅力ではないかと思います」
「音楽は人々をつなげる。音楽を演奏すれば人々とつながれる」。そう話すウォレン自身、ドラムのビートに乗ってさまざまな人々との出会いを経験した。
そのうちの一人が、アパルトヘイトの撤廃に尽力した南アフリカ共和国元大統領ネルソン・マンデラ氏だ。マンデラ氏のためにパフォーマンスすること数回。また、ブッシュ氏、クリントン氏らアメリカ元大統領をはじめとする世界中の国家元首の前で演奏し、ハリウッド俳優など有名なパフォーマーと共演した。
「ドラムカフェは、世界で最高のビジネスだと思っています。人々に楽しんでもらって、笑顔になってもらいながら、つながりを作っていける。20年間このビジネスをしてきましたが、本当に皆さまから愛されている仕事だと思っています」
2020年3月、新型コロナウイルスのパンデミックが宣言され、世界は未曾有の事態に陥った。世界の主要都市でロックダウンを余儀なくされ、リアルな場でのつながりが断ち切られた。ようやく回復の兆しを見せている今、リアルなコミュニケーションを求める人たちの間ではドラムカフェが必要とされている。
「ヨハネスブルグやケープタウンなど、南アフリカではすでにたくさんの予約が入っています。フィジカルな交流を誰もが必要としている今、ドラムカフェがもう一度人々をつなげたり、笑顔にさせたりする存在になっていきたいです」
ウォレンは、日本市場にも大きな期待を寄せている。ビジネスパートナーとしてウォレンが絶大な信頼を寄せるのが、「ドラムカフェ」の日本法人で代表を務める星山真理子だ。
2009年にドラムカフェジャパンを立ち上げた星山。きっかけは、ドラムカフェの興行「ドラムストラック」で通訳を担当した時にウォレンからかけられた言葉だ。「ドラムカフェの日本法人を立ち上げてほしい」。
「ウォレンが南アフリカにも遊びにおいでと言ってくれたので、通訳をした翌月、ウォレンのもとへ遊びに行きました。それまでアフリカにも打楽器にも縁がなく、起業することもまったく考えていなかったのですが、みんなでジェンベを叩いたらすごく楽しくて。その場で契約書にサインをして帰国しました」
もともと教育や福祉事業に関心のあった星山。インタラクティブ・ドラミングを導入すれば、学校でのいじめがなくなるのではないかと考えたことも、日本法人を立ち上げる決め手となった。こうして「ドラムカフェジャパン」を立ち上げ、2年ほど活動を続けていたところに、東日本大震災が起こった。
被災地の一つである宮城県は、星山の地元。「故郷のために何かできないか」と考えた星山は、ドラムカフェのメソッドを用いて心の復興支援をしようと決意した。アフリカ人を見かける機会が少ない田舎の町。当初はアーティストに対して「どう接したらよいか分からない」と、身構えていた人たちが、セッションを重ねることでだんだんと心を開いていく。
「太鼓を叩くことが対話となるんですよね。初めて会う人や言葉が通じない人とセッションを一緒にすることで、相手は自分と同じ人間なんだという、当たり前でシンプルなことに気付く。一瞬で打ち解けて仲良くなれるんです。本当に不思議なくらい、お互いの距離がグッと縮まる。アーティストの本気が伝わるのでしょう」
以来、プルデンシャル生命やロート製薬、中外製薬、バークレー証券、シルク・ドゥ・ソレイユ、外資系ホテルなど、さまざまな企業にインタラクティブ・ドラミングを提供してきた。
星山の目標は、「人と人とがつながって、わくわくする社会」を作ることだ。ドラムカフェの事業を始めて以来、多くの参加者がお互いに心を通わせ、笑顔になった。喜びのエネルギーを身近で感じ、星山自身もわくわくしてきた。その素晴らしさを企業や学校、自治体の人々に伝えたいと強く願う。
「最近は多様性、つながり、対話という言葉をよく耳にしますが、人と人との関係性が希薄になってきている現代だからこそ、リアルにお互いの存在を感じ、わくわくできる機会が必要なのではないでしょうか。自己を解放できること、相手を尊重すること、そしてそれを受け入れられる場があることは、チームや人間関係においてとても大切です。また、そういったリアルでの体験が、デジタルでのコミュニケーションも円滑にしていくのだと思います」
ウォレンが願うのもまた、「つながり」だ。
「技術や倫理の面で、南アフリカは日本から学べることがたくさんあります。逆に日本の方たちは、南アフリカから人々のつながりや開放的なマインドを学べるのではないでしょうか。南アフリカと日本がお互いを必要として、つながりが構築されていくといいですね」
公開日:2022年9月8日
Warren Lieberman(ウォレン・リーベルマン)
南アフリカ共和国ヨハネスブルグ生まれ。ケープタウン大学にて物理・応用数学・電気工学の学士号を取得。卒業後は監査法人勤務を経て、大手輸入商社のCEOとして売上を倍増させる。1997年、ドラムカフェを立ち上げ、短期間に20カ国以上へ展開。2002年にはブロードウェイ演劇「ドラムストラック」をプロデュースする。
以後、ネルソン・マンデラ、ビル・クリントン、ジョージ・ブッシュ、シャキーラ、ウィル・アイ・アム、ジョー・ウォルシュら、多くの著名人を魅了し続けてきたほか、ドラムカフェとしては、マイケル・デル、リチャード・ブランソン、スティーブ・バルマーらの業界リーダーと共に、組織のチームビルディングをサポート。現在はトレーナー育成に注力する。
星山 真理子(ほしやま・まりこ)
宮城県多賀城市出身。株式会社ドラムカフェジャパン 代表取締役
特定非営利活動法人ドラムカフェ 理事長
Contact
宮城県多賀城市中央2-10-11
インタビュー:垣畑光哉/執筆:宮原智子・佐々木久枝/編集:佐々木久枝
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