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ストーリー代表・CEO

ベンチャー・成長企業 特有の組織課題を 問題の本質から解決する

代表_jam

多数の企業課題を解決してきた
人・組織のプロフェッショナル。

その経験から導き出された
自らの使命は、
「日本人の就労観を変革する」こと。

株式会社JAM
代表取締役社長
水谷 健彦 / Takehiko Mizutani

ベンチャー・成長企業や、そこで働く人たちが、もっと輝く社会に

「私たちの一番の特徴は、ベンチャー企業や成長企業にフォーカスしたコンサルティング・研修を行っていること。それらの企業には経営者も働く人たちもエネルギーに満ち溢れた個人が多い。でも組織マネジメントには課題を抱えていることも少なくありません。支援を通してベンチャー・成長企業で働くことの成功体験をもっと世の中に増やしていきたいんです」

こう語るのは、株式会社JAM代表取締役社長の水谷健彦。JAMは、管理職をはじめとしたマネジメント研修や人事評価制度のコンサルティング、ミッション・バリュー浸透に向けたコンサルティング等、人と組織に関する課題解決を得意とする企業だ。敢えて50~500名程度の企業を中心に支援しているのは、水谷の「ベンチャー・成長企業を応援したい」という意思だけが理由ではない。そういった組織には、事業規模やビジネスのステージを背景に、固有の課題が起きがちだという。

「たとえば社員の評価基準。経営者が一人ですべてのメンバーを見られる規模であればまだしも、部門ごとにマネジャーがメンバーを評価するようになると、会社として統一の基準を策定しなければ不公平が生まれます。ベンチャー企業は成長スピードが速いゆえに、組織の形や規模がどんどん変わり、人事制度やマネジメントスキルが追い付いていない場合も多い。なおかつ組織として若いからこそ人事・組織課題を解決した経験やノウハウが少ないことが大半ですから、ベンチャー企業こそ、私たちのような専門性を持つ存在が必要だと考えています」

JAMが重視しているのは本質的な課題の解決。そのため、必要とあればクライアントに対して耳の痛い話をする場合もあるし、企業からのオーダーとは異なる提案をすることもある。すべてはクライアントである企業やそこで働く人たちにもっと輝いてほしいから。この水谷の想いは、「Innovate Working Spirits!(日本人の就労観を変革する)」というJAMの事業ミッションにも通じている。

「ニュースでも度々取り上げられていますが、残念ながら日本は世界の労働意欲調査で最下位の常連国なんです。日本は諸外国と比較すれば国土も狭いし資源にも乏しい。国際競争力をつけるには“人が生み出す価値”以外の道がないんです。それなのにこの現状はあまりにも問題が多いと言わざるを得ない。日本人の就労観をもっと良きものに変えていきたいというのが、私の根底にある考え。だからこそ、従来の日本の価値観とは異なる就労観を持つ人たちが集まりやすい、ベンチャー・成長企業を支援したいんです」


「働く」の価値観が180度変わった瞬間、自分の人生が明るく見えた

今でこそ「働くこと」そのものに生きがいを見出している水谷。しかし、20代の中頃まではまったく違う考えだったという。東京は文京区生まれ。実家は曽祖父の代から事業を経営しており、比較的裕福な家庭だった。中学から早稲田実業で6年間を過ごし、そのままエスカレーター式に早稲田大学へ。そんな環境もあって中学3年の頃からハードロックに傾倒し、大学4年間は仲間とバンド活動に明け暮れていた。

「当時は金髪に近いくらいに明るい色の長髪で、ギターケースを担いで電車に乗れば、自分の隣には誰も座らない(笑)。それくらい典型的なバンドマンだったので、社会人になるのが嫌で嫌でしょうがなかったんです。朝早く起きて仕事に行っての毎日をこの先何十年も続けるなんて、正直、“就職は人生の墓場”だと思っていました」

とはいえ、働かねば生きてはいけない。そこで水谷は楽器販売の老舗である山野楽器に就職する。ここを選んだのはバンド経験が活かせる業種だったことに加え、家業が楽器関連の事業だったのも理由のひとつ。長男として生まれた水谷は、将来は自分が経営を継ぐのだろうという漠然とした想いもあり、“既定路線”を歩むつもりだったそうだ。

ところが社会人2年目の冬に事件が起きる。父から「経営が傾きかけている」と言われて家業を手伝うことにすると、目の当たりにしたのは商売自体の不振に加えて、社長である父と社員たちとの関係性の不和。なんとか再建しようと奮闘したものの一致団結することも叶わず、水谷が手伝いはじめた4ヶ月後には会社を畳むことになった。

「80年も続いた会社が幕を引く。その裏には、単にビジネスとして上手くいかなかっただけではなく、いろんな問題が潜んでいるんだと思い知らされました。これが原体験となって、人や組織のことに関心を持つようになったんです」

そんな水谷が新たな仕事として選んだのが人材紹介業。リクルートのグループ会社であるリクルート人材センター(現:リクルートキャリア)に転職をしたことが、自分の価値観を180度変えるきっかけになった。

「当時のリクルートは超ハードワークで有名。“仕事は給料をもらうための手段”と考えていた私にとって、終電まで働く会社なんて嫌でしょうがなかったです。けれど、自分がやりたいテーマなんだからと飛び込んでみると、確かにみんな夜中まで働いているんだけど、楽しくやっているんですよ。上司からの命令で働かされるんじゃなくて、自分でお客様のために必要だからと動いている人ばかり。カルチャーショックを受けたのと同時に、自分は何のために働くのかを物凄く考えさせられました」

こうして労働を苦役だと思っていた青年は、仕事への向き合い方を変えていく。仕事が面白いと感じられたら、この先60年くらいの残りの人生も楽しみになってきた。自分が生きている意味、命の価値が変わったような気がしたのだ。

リクルートで企業の採用活動を支援する営業を3年半勤めた水谷は、そこから人事・組織コンサルティング企業であるリンクアンドモチベーションに転じている。その理由も今の水谷に繋がっていることだという。

「せっかく採用できても、入社してすぐに辞めてしまうのは企業にとっても個人にとっても痛手です。退職の理由はもちろん、個人の問題もゼロではないですが、8割くらいは上司のマネジメントなど会社側にあるのが、採用の現場を知る私の感覚。それなら企業や個人を本当の意味で幸せにするには、採用だけじゃなく組織マネジメントも支援せねばと思ったんです。なおかつ、そうした現象はやはり大手企業よりも未整備な環境のベンチャー企業の方が圧倒的に起きやすかった。だからベンチャーが会社としてちゃんと成長していくことを支えたいという想いも自分の仕事の意義として芽生えてきたんです」

同社に在籍していた12年の間、水谷は主に企業の人材育成や組織活性化を手掛けてきた。たとえば誰もが知る大手メーカーの営業組織に対して、営業スタイルを変えるような組織改革を担当。価格交渉こそが営業のすべてだった状態から、商品の価値を伝える提案型の営業スタイルに変えたことで、一人ひとりが自分の仕事に誇りを持つようになり、業界の中でも異質の営業部隊へと進化するきっかけをつくったこともあるそうだ。


 社会に「それいいかも」と思われる働き方の実践企業であり続ける

こうした実績を積み重ねながら、事業部門長、取締役と役割を広げていった水谷は、40歳にして組織を離れ、自らの手で会社を興した。それこそが株式会社JAM。この社名は、自社として大切にしたい組織スタイルの象徴として名付けたものだという。

「JAMはジャズ音楽の演奏スタイルである“ジャムセッション”から取った社名です。日本は、経営者や管理職が言わば指揮者のように絶対的な存在の“オーケストラ”組織がほとんど。それが間違いではないけれど、組織と個人のルールがもう少し緩やかな存在があったって良いじゃないですか。だから我々は個人のアドリブや仲間同士の化学反応によって価値を生み出す組織であるべく、この名前を掲げています」

自分たち自身が社会に一石を投じるような価値観であろうとする水谷の考えは、社名以外にも表れている。たとえば、「Dual Workの推奨」。本業・副業という関係ではなく、どちらも主業であるという価値観・働き方を応援しており、現在のメンバーには市議会議員を並行している人や、別の会社を経営している人もいるという。

「たとえばJAMが100名くらいの規模になったとき、メンバーのうち6割がDual Workを実践していたら、自社で働いているだけでは得られない60通りの個性や強みが集まった集団になるはず。そう考えると、なんだかすごく面白い会社だと思うんです。一方で、個人にとっても、自分がやりたいことを自分の意思で決めて進められるのはすごく良い世界ですよね。極端に言えば“欲張りに生きる”ような人生観ですが、私は“欲張り”ってとても素晴らしいことだと思っています。欲張りになれる人はその裏でものすごく努力をしているし、一生懸命だからこそ後悔もしない。とても幸せな生き方ですよね」

自らが体現者として社会に提示すること。そして顧客であるベンチャー・成長企業を支援して“人生を変えるような仕事との出会い”をもっともっと増やしていくこと。それが日本の就労観に変化をもたらすきっかけとなると、水谷は信じている。

 

リスナーの目線

表参道の裏道にあり、自然光が降り注ぐJAMのオフィスで水谷社長の取材は行われました。組織コンサルタントというと堅いイメージがありましたが、撮影が始まるとスタッフからは笑顔がこぼれ、水谷社長も談笑する和やかな雰囲気に。新卒での会社員経験、家業の清算、転職を経て「働く」の意味を見出し、そのよろこびをご自身でつかんだからこそ、悩める企業に寄り添い、リアルな視点からサポートができるのだと納得しきりでした。

インタビュー・編集/高橋奈巳、森田大理 撮影/鈴木愛子

Profile

1973年生まれ、東京都出身。95年に早稲田大学卒業後、株式会社山野楽器に入社。97年に株式会社リクルート人材センター(現:リクルートキャリア)に転じ、企業へ人材を紹介する営業を経験。その後、2001年に株式会社リンクアンドモチベーションへ。2003年に事業部門長、2008年に取締役へ就任。同社の中核事業であるコンサルティング/研修事業において主に首都圏の責任者を務める。2013年に株式会社JAMを設立し、現在に至る。

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