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ストーリー役員

スポーツ産業の 振興を通じて ハンドボールを メジャースポーツに

多彩な活動で
スポーツ、ビジネス界を活性化

元“運動音痴”のトップアスリート
として、誰もがスポーツを楽しめる
世界を広げたい

株式会社ジャパンコンテンツトークン/琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社/株式会社サーキュレーション
Buisiness Development Manager/取締役/バリューアップ推進室
東 俊介 / Shunsuke Azuma

経営コンサル、スポーツ団体理事、講師…多彩なビジネスを展開

日本における、ますますの普及と発展が望まれるスポーツの一つ、ハンドボール。6名のコートプレイヤーと1名のゴールキーパーの7名制で対戦するチームスポーツで、素早いパス回しや力強い攻防が繰り広げられるハードな競技だ。ジャンプをしながら投げ入れるダイナミックなシュートは迫力があり、スピード感溢れる試合展開は、見る者を圧倒する。

ハンドボール実業団チームの中でも長い歴史と実績を誇る名門、大崎電気「OSAKIOSOL」に所属し、同チームと日本代表のキャプテンとして活躍したのが東俊介だ。191㎝の体格を活かしたポストシュートを得意とし、日本のハンドボール界をけん引してきた。

現役引退後、経営コンサルタント、健康食品会社やパーソナルジムの社外顧問、アドバイザーとして活動し、中央学院大学ではスポーツビジネス論の非常勤講師を務める。

最近では、日本の優れたコンテンツを世界へ発信するPR企業、株式会社ジャパンコンテンツトークンのマネジャーに就任。ハンドボールに限らず、相撲や柔道といった日本発祥のスポーツの魅力を海外へPRする役割を担う。

一方、スポーツの振興活動にも注力。2018年開幕の卓球プロリーグ(Tリーグ)に参戦する「琉球アスティーダ」の取締役、「世界ゆるスポーツ協会」理事を務め、さらに日本財団が推進する「HEROs」プロジェクトのアンバサダーとして、有名アスリートたちとともに、スポーツを通じた社会貢献活動に取り組んでいる。

「日本のスポーツ界をもっと盛り上げていきたい。そのためには、スポーツ産業を活性化させる必要があると考えています。そして、私が究極の目標としているのは、ハンドボールをメジャースポーツにすることなのです」

photo by Kenta Tazaki


 

ハンドボールが弱い自分を変え、「真っすぐ生きる道」を教えてくれた

子どもの頃の東は意外にも“運動音痴”だった。小学校では同級生にからかわれたほど。唯一できたスポーツがドッヂボールだったことから、中学校ではハンドボール部に入部。恵まれた体格が注目を集め、スカウトにより強豪の金沢市立工業高校に進学した。

しかし、チームのレベルが高く、練習にまったくついていけない。「お前はダメだな」と厳しい言葉を掛けられ、悔しさがこみ上げてきた。東は「上手くなるためには、どうすればいいか」を考え抜き、「トレーニングを人一倍すればいい、努力するかどうかは自分が決めること」と気付いた。当時の監督は、選手の自主性を重んじるタイプ。この頃から、指示を待つだけではなく、自分自身で考える姿勢が身に付いた。

ハンドボールプレイヤーとして開花すると、国体やインターハイに出場し、U-18 日本代表を経て、国際武道大学へ入学。1年生でU-20日本代表、2年時に東日本学生選手権準優勝を果たし、全日本学生選手権でベスト8入り。同大学史上、最高位の実績を挙げた。卒業後、「OSAKIOSOL」に入団し、実業団選手として11年間活動を続けた。

入団当時、OSOLは以前の勢いを失っていた。東は補欠として試合への出場チャンスを待つ日々。自分専用のトレーニングメニューを考案し、身体造りに励んだ。「10回やれと言われたら、自分は13回やる」。人より多くトレーニングをこなすことで、揺るぎない自信をつけていった。3年後、有力選手の加入を機に、OSOLは強豪チームとして復活。実力をつけていた東は、チームの中心で活躍し、9度の日本一に貢献。日本代表に選ばれ、アテネオリンピックアジア予選をはじめとした多くの国際大会に出場した。

ずっとハンドボールをメジャーにしたいと考えていた東は、オリンピックに出れば、それが叶うと確信していた。「五輪後はプロになってハンドボールのプロリーグをつくる」、そんな希望に満ちていた。

ところが、オリンピック予選に敗退。追い打ちをかけるように、いくつかの実業団チームが会社都合による廃部を余儀なくされた。当時No.1の実績を誇った強豪チームでさえ、オリンピック予選敗退を理由に廃部が決定。慕っていた先輩が涙を流しながら悔しがる姿を見て、東は唇を噛み締めた。

「メジャースポーツでないから、こんな仕打ちを受けるのか」――。

「会社の持ち物である以上、収益が出せなければ切られてしまう。どんなに強いチームでも関係ない。オリンピックに出ても、プロになったとしても、現状は変わらないだろうと思いました。そこで、スポーツを産業として確立させる必要性を考えるようになったんです。このときの悔しい想いが、今も私の原動力になっています」

「強い選手であること」と「マイナースポーツをメジャー化し、ビジネスにすること」、この2つのスキルはまったく異なると気付いた東は、ビジネスの勉強を開始した。

2009年、現役を引退し、早稲田大学大学院に入学。元読売巨人軍の桑田真澄氏らと机を並べ、スポーツビジネスについて学びを深めた。これまで競技に費やしていたエネルギーをすべて勉強に注ぎ、「OSAKIOSOLのトリプルミッション」をテーマとした修士論文で優秀論文賞を獲得した。強いチームが活躍することで、競技の普及を促し、その結果、資金が集まる。大学院で、この好サイクルを実現する方法について研究したことが、現在の活動テーマにつながっている。

2012年、東は日本ハンドボールリーグ機構の総務規律・広報委員に就任。翌年、マーケティング部を設立したが、思うように活動が進まず、「決定権を持つ人物にならなければ何も変えられない」と痛感。独立を決意した。

2016年、18年間在籍した大崎電気を退社した東は、独立した直後、株式会社サーキュレーションに出会った。同社は、企業の経営課題に対し、フリーランスの専門家たちによるプロジェクトチームを組成し、課題の解決を支援する会社。「世界中の経験・知見を循環させる」という企業理念に感銘を受け、参画を決めた。

「現役選手たちは、ハンドボール界を盛り上げたい気持ちはあるけれど、そのためのスキルは無い。専門家の方々に、そのスキルをハンド界で指導してもらえば、もっと活性化するのではないか。サーキュレーションのサービスを日本のスポーツ界まで循環させれば、ハンドボールをはじめ、スポーツ産業が盛り上がると考えたのです」


「明るく、楽しい」スポーツで、日本のスポーツ界を変える

こうして東は、経営コンサルタントとして新たなスタートを切った。スポーツビジネスにおいても経営や人事コンサルティングのスキルは必ず役に立つと確信したからだ。とはいえ、幅広い業種のお客様に専門家を紹介するコンサルタントの仕事は未経験。試行錯誤しながら、さまざまな業種、業界について一から学んだ。担当した業種は、スポーツ関係に限らず、サプリメント会社、ビジネスホテル、建設業、IT企業など多岐に渡る。

「幅広い視野、視点を持つことで、自分自身が影響力を持つ人物になれば、ハンドボールの振興に活かせます。そのために、まず、私自身が応援してもらえる人にならなければいけないと考えています」

東は、ビジネスの基本は「相手にいかに楽しんでもらい、好きになってもらうか」だと語る。この点において、スポーツは未だエンターテインメントに及ばないと感じている。

そこで設立したのが、現在、理事、アンバサダーを務める「世界ゆるスポーツ協会」。老若男女、健常者、ハンディキャップを持つ人、運動音痴の誰もがスポーツを楽しむことで、スポーツ弱者をなくすことが目的だ。ゆるスポーツの一例、“ハンドソープボール”では、液体せっけんを手につけてプレーする。トップ選手でも上手くボールを運べず、失敗する度に笑いが起きる。運動が苦手な人も憶せず、参加できるのが魅力だ。“ゾンビサッカー”では、ゾンビのお面をつけてプレーするため、視覚障がい者の立場を経験できる。楽しみながら、スポーツ弱者を思いやることができるこのイベントは、参加者アンケートで満足度100%を獲得した。「『明るく楽しい』、そもそもスポーツってこういうもの。運動音痴だったからこそ、スポーツ弱者の気持ちがわかるんです」と東は笑顔を見せる。

「私はハンドボールがめちゃめちゃ好き。自分が真っすぐに生きてこられたのは、ハンドボールがあったからこそ。だから『恩返し』をしたい。今、そのための力をつけたいのです。そして、私は、人によろこんでもらうことが大好き。自分が頑張ることで、チームも親も皆がよろこぶのがうれしかった。人を好きになるのが得意だし、たくさんの人を好きになりたい。そして、私自身やビジネスを通じて、ハンドボールを好きになる人を増やしていく。時間はかかるかもしれませんが、『ハンドボールをメジャースポーツにする』、この夢を必ず叶えます」

リスナーの目線

熱い想いを冷静に語ってくれた東さん。意外にも“Kis-My-Ft2”などジャニーズアイドルが大好きでライブに行くこともあるそう。ファンを楽しませる彼らのホスピタリティや集客力は見習うべきと語り、どんな事からも学び取る姿勢に感服しました。「人に恵まれているんです」と仰る東さんは、取材終了後、取材班が見えなくなるまで見送って下さいました。競技実績、知性に加え、その真摯な人間性こそ東さんの大きな魅力だと感じました。。

インタビュー・編集/青木典子、高橋奈巳 撮影/平山諭(インタビューカット)

Profile

1975年、石川県金沢市生まれ。中学でハンドボールを始め、金沢市立工業高等学校、国際武道大学を経て、1998年、大崎電気「OSAKIOSOL」に入団。同チーム、日本代表のキャプテンを務め、2009年、現役を引退。早稲田大学大学院社会人学科にて平田竹男教授に師事。

2016年、大崎電気を退社、同年、株式会社サーキュレーションに入社し、バリューアップ推進室メンバー及び経営コンサルタントとして活動を開始。株式会社ジャパンコンテンツトークンマネージャーに就任。

スポーツ振興の分野では、Tリーグ「琉球アスティーダ」取締役、世界ゆるスポーツ協会理事、アンバサダー、日本財団「HEROs」プロジェクトアンバサダーを務める。

保有資格は(財)日本体育協会公認スポーツ指導者(ハンドボール)、教員免許状一種(中学・高校体育)、スポーツ科学修士、一般社団法人日本トップリーグ連携機構「ボールであそぼうマイスター」。

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