
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
AIソリューションで、あらゆる産業に革新を。社会の基盤を担う企業だから生まれた新規事業
株式会社シーエスコミュニケーション
代表取締役
牧草 亮輔 / Ryosuke Makigusa
取締役
渡邉 博敬 / Hiroaki Watanabe
例えばAmazon Goのような無人の店舗サービス。来店客は棚から取り出した商品をそのまま店外に持ち出すことができ、特別な決済手続きを行うことなく、アプリに事前登録したクレジットカードで自動決済できる。店内に無数に設置されたカメラが自動で来店客の行動を識別することで、このような無人店舗が実現している。
このサービスに使われているのが、今や人々の営みに欠かせないものになりつつあるAI(人工知能)。そして、このAIをさらに進化させた新規事業に取り組むのが、株式会社シーエスコミュニケーションだ。1998年に代表取締役である牧草亮輔の個人事業として始まり、2000年に法人化。ネットワークシステム・通信システムの構築・設計を事業の柱とし、創業25周年が間近に迫ったこのタイミングで新たな挑戦を始めているのは、牧草が長く身を置くIT業界で見てきた厳しい現実が基となっている。
「当社はもともと関西で起業した会社です。私は20年近く、関西のIT業界の発展を目指す団体『関西電子情報産業協同組合(KEIS)』に加盟していまして、2020年より理事長を務めています。活動の一貫として、コロナ禍以前は毎年海外の企業や商工会議所を視察していたのですが、そのたびに感じていたのは、日本が技術後進国になりつつあることでした。諸外国、特にアジア圏ではIT産業の発展が目覚ましく、率直に言って日本は後れを取っている。いつの間にか、アジア最低レベルと言われてもおかしくない状況に陥っていることを歯痒く思っていました」(牧草)
メイドインジャパン神話はとっくに崩壊しているのに、かつての栄光にすがったままイノベーションが起きていない。牧草の目には、近年の日本がそう映っていたという。だが、そんな折に、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)で学んだAI・データサイエンスのトップランナー、梅野真也さんと運命的な出会いをする。この出会いにより、ネットワークを手がけてきた同社はAI事業に乗り出す価値を見いだしていく。
「AI技術の進化と共に現在注目されている手法があります。それが、クラウドAIとエッジAIのハイブリッド型。クラウドAIは今最も広まっている方式で、すべてのデータをクラウドに集め高性能なAIで解析します。高度な処理能力が発揮できる反面、通信量が膨大になり、セキュリティのリスクがある。一方のエッジAIは、エッジ(=ローカル)である程度のデータ処理を行えるため、クラウドに全データを集める必要はありませんが、ローカルの機器すべてにAIを搭載させる必要があり、維持・管理コストがかかります。こうした二つの方式の弱点を補い、良いとこ取りをするのがハイブリッド型です。
データをローカルに残し、クラウドとエッジで分散処理をする方式のため、実用化の鍵になるのが通信・ネットワーク技術。私たちの培ってきた技術によって、高度なAI技術がこの国のあらゆる産業に実装されれば、世界を驚かすようなイノベーションが生まれるかもしれない。これは絶対にチャレンジすべき事業だと、創業時と同じくらいの使命感を抱いています」(牧草)
日本を再びアジアのリーダーとして復活させるきっかけになるかもしれない。そう息巻いていた牧草だが、会社の仲間たちはAIソリューション事業を立ち上げることに対して、最初は半信半疑だった。現在、新規事業のマーケティング・セールスを牽引する取締役の渡邉博敬もそう感じた一人だ。
「技術的な先進性は理解できましたし、これまでのAIソリューションよりもできることが格段に増えるため、実現できれば間違いなく売れるだろうとは思いました。でも、話を聞いた2018年当時は、実際にどうやるのか、自社でやり切れるのかがまったく見えなかった。夢物語を聞いている気分でしたね」(渡邉)
絵に描いた餅にならないか。社長はどこまで本気なのかと心配になったこともあるという。しかし、根が好奇心旺盛な渡邉はAIの最新動向を学び、研究者を訪ねて話をした。そうした調査の中で気付いたことがある。IT業界にはさまざまなプレイヤーがいる中で、自社がこの事業に大きなアドバンテージがあることを。
「クラウドAI単独ならいわゆるソフトウェアの技術領域ですが、エッジAIはローカルのカメラやセンサーといったハードウェアが絡んできます。そのため、ハイブリッド型はソフトウェアだけに詳しくても、ハードウェアの知識だけでも成立しません。私たちは、ネットワーク・通信システムの設計のほか、大企業や官公庁などのデジタルデバイス導入プロジェクトなども手がけてきた。きめ細かなサポート体制で、クライアントのシステムインフラに向き合っています。だからこそ、エッジAIを導入する現場で起こりうる多様なケースに柔軟に対応しやすい。AIのスタートアップ企業はたくさん存在しますが、ハイブリッド型を導入するうえで両方の知見に長けている私たちは、非常に優位だと気付きました」(渡邉)
他社とも協業しながら技術開発に取り組み、IT業界の展示会にも出展。興味を持った企業や団体と連携し、いくつかの実証実験も行ってきた。取り組みの中で見えてきたのは、この新規事業によって従来よりも格段にAI活用の場が広がることだ。
「従来のAIの仕組みだと、セキュリティのリスクから見送られるケースや、あまりにもコストが掛かりすぎて中小企業での導入が進められないケースもあります。しかし、当社のネットワーク技術とAIを掛け合わせることによって、セキュリティやコストの問題をクリアすることが可能です。これは昨今世の中で大きな波となっている、デジタルトランスフォーメーションを後押しする効果もあります。『DXはしたいけれど、費用が高すぎて手が出ない』と困っていた企業・産業にも、多くの可能性を届けられるはずです」(渡邉)
その兆しを渡邉が感じたのは、テクノロジーとは最も遠いイメージのある第一次産業で導入が実現できたことも大きい。ある畜産業の飼育場で試験的に活用してもらったのだ。
「クライアントから聞いて驚いたのは、飼育中の家畜のうち7%が病気で死んでいたという悲しい現実。病気の兆候をAIで早期検知できないかという相談に、使命感を持って挑みました。飼育場に設置したカメラで家畜を個体ごとに識別し、一定時間における水飲みの回数など病気が疑われる行動を検知。従来は人による目視でしたが、24時間張りついて観察することは現実的に不可能です。より安価により安全にAIの活用ができれば、出荷できる家畜が増え利益をもたらしてくれる。生産効率が上がれば、消費者に提供できる価格も変わってくる。畜産の常識が変わるかもしれない。世の中には、まだまだこのようなニーズが山のように眠っていそうだと思いました」(渡邉)
また、試験導入を通して渡邉はクライアントとの向き合い方がこれまでと大きく変わったのを感じた。従来は、あくまでもシステムやデジタルデバイスに関わる範囲でしか接点がなかったが、AIソリューションが貢献する範囲はデジタル化された業務だけではない。ネットワークやAIの専門家として、クライアントの商売や仕事のノウハウに深く斬り込んでいく必要がある仕事だと、大きな醍醐味を感じた。
従来の制約を乗り越えることで無限の可能性が見えてきた、ハイブリッド型AI。前述の畜産業をはじめ、小売、警備などあらゆる業種・業務に展開可能だと牧草は考えている。しかし、その一方でAI市場は大手メーカーやスタートアップ企業も続々と参入している群雄割拠の状態。戦略的に勝っていくためには、さらに技術的なアップデートをしながら自社の強みが活きる顧客セグメントを見極めていきたいとしている。
また、この事業を育てていくにあたり牧草にはもう一つ決めていることがある。シーエスコミュニケーションが持続的に発展していくうえで、いつまでも自分が事業をリードする状態を脱したいと、新規事業運営には直接口を出さないと決めた。
「経営者の視点で見ると、こうした方が良いんじゃないかとアドバイスしたいことは山のようにあるんですよ。でも私がトップダウンで指示をしていては、この事業に携わる人たちが主体的に考える機会を奪ってしまう。トライアル&エラーで経験を積み重ねながら、組織として成長していきたいと思っています」(牧草)
人々の暮らしや仕事の常識を変えるかもしれない、シーエスコミュニケーションのAIソリューション事業。目指すは社会のあらゆる場面で活用されることだが、世の中に自社の存在を幅広く知らしめたいわけではない。それは、これまで“ネットワーク屋”として電気・ガス・水道と同じように社会インフラを支えてきた企業ならではの矜持とも言える。
「世の中をもっと良くしたい気持ちがあります。そして、AIは人々の見えないところで社会を支える基盤のような存在になっていくのだと、私は確信しています。日本のイノベーションを加速させるインフラのように使っていただき、画期的な商品・サービスに必要不可欠な存在であり続けたいです。日本はもともと世界では真似できないレベルの品質の高さが評価されていました。私たちはこのAIソリューションで日本の生産性や品質を向上させ、もう一度メイドインジャパンを世界に広めていきます」(牧草)
公開日:2022年9月8日
牧草亮輔
1998年に23歳で個人事業として「シー・エス・シー」を創業。2000年に法人化し「シーエスコミュニケーション」に社名を変更。「ITの力でより良い未来を創りたい」という信念のもと、ITインフラネットワークに関わる事業を幅広く展開。AIなどの新しい技術への挑戦を続けている。また関西電子情報産業協同組合の理事長として、関西のIT産業の発展にも取り組んでいる。
渡邉博敬
20代前半に理容師から転職し、シーエスコミュニケーションに入社。まったくの未経験からエンジニアとしてIT知識と経験を身につけ、技術を持った営業・管理職として全国の各拠点で活躍。2021年に取締役就任後は全国的な既存事業の責任者として会社をまとめるとともに、新規事業を推進している。
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東京本社:東京都中央区日本橋馬喰町2-3-3 秋葉原ファーストスクエア 8F
大阪本社:大阪府大阪市淀川区西中島7-1-8 WINビル 8F
インタビュー・執筆:森田大理/編集:佐々木久枝
撮影:田中振一
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