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ストーリー代表・CEO

フィリピンは女性が活き活きと働ける国

代表_Teradatrust-Advisory

Teradatrust Advisory, Inc.

代表取締役
寺田 / 未来Miki Terada

もう一度英語圏の国でチャレンジがしたい

私が日本を離れ、フィリピンのマニラで働くことになったのは、ある偶然の再会がきっかけでした。

2008年、私はそれまで勤めていた銀行を辞めて、米国公認会計士(USCPA)の資格試験の勉強に専念することにしました。勉強に専念できる環境を求めて、東京から千葉県の九十九里浜に移住。勉強に疲れたら、気分転換に趣味のサーフィンを楽しみ、また勉強に戻るといった毎日を送っていました。

USCPAを取ろうと思ったのは、いずれは英語圏で働きたいという気持ちがあったからです。私は生後2ヵ月から2歳までと、小学校2年生から4年生までの間、親の仕事の関係でアメリカのオハイオ州に住んでいました。また高校時代にも1年間ほどボストンに留学しました。けれども留学中はアメリカ人の生徒たちの中でうまく自己主張することができず、不完全燃焼に終わったという悔いがありました。だから「もう一度英語圏の国でチャレンジがしたい」という思いを抱いていたのです。

USCPAの勉強を始めて3〜4ヵ月の頃、資格取得に必要な4科目のうち2科目に合格することができたのですが、銀行時代の先輩に再会したのはそんなときでした。

今では銀行を辞めて「SCS Global」という会計事務所のマニラ事務所で働いているという先輩は、私がUSCPAの資格取得を目指していると話すと、「あなたみたいな人で、マニラで働ける人を探しているんだ」と言われました。

先輩によれば、フィリピンも英語圏であるとのこと。でも、私がイメージしていた英語圏の国といえば、何といってもアメリカであり、イギリスやオーストラリアです。そもそも私はフィリピンがどんな国なのかさえ、よく知りませんでした。それでも先輩からのせっかくのお声掛けです。まずは一度行ってみようと思いました。

首都のマニラは、私が想像していたバラック小屋が立ち並ぶような街並みのイメージを大きく裏切り、特にSCSのオフィスがある一角は、まるで東京の丸の内のように、最先端のビルが立ち並んでいました。常夏のフィリピンなら大好きなサーフィンも1年中楽しめそうです。USCPAの資格を取ったあとの就職先が決まっているわけでもありません。「それならここで働いてみようかな」という気持ちから、フィリピン行きが決まりました。

企業経営の「入口」と「出口」の両方を経験

私がフィリピンに移住することを決めたとき、何人もの知人から「そんな危ないところに行くのはやめたほうがいい」と引き留められました。フィリピンというと「治安が悪い」「怖い」というイメージを抱いている人が多いですよね。

私がフィリピンに住み始めてから今年で6年目になりますが、実際に危険な目に遭ったことはこれまで一度もありません。これは駐在員の方が口を揃えておっしゃることですが、フィリピンで事件に巻き込まれるのは、圧倒的に旅行者が多いのです。現地の人でも敬遠する繁華街の危険区域へ無防備に迷い込んで、事件の被害者になってしまうようです。けれども、そうした場所を避けて普通に生活するぶんには、家ではメイドさん、移動中はドライバーさんが守ってくれるなど、安心なうえに、日本では考えられないくらい快適に暮らすことができます。これは私自身も、住んでみて初めて知ったフィリピンの一面でした。

私がマニラで働き始めた2009年1月は、ちょうどリーマンショックのあとで、日系企業が相次いでフィリピンからの撤退を進めていた時期でした。当然、私の仕事も撤退をする際の手続きについてのコンサルティングが中心です。撤退準備期間中でも帳簿付けなどの作業は発生しますから、そうした会計業務に従事していました。

ところが2010年6月に大統領がアロヨ氏からアキノ氏に替わった頃から、経済が一気に反転。それまで会社にかかってくる電話といえば、撤退を考えているお客様からの問い合わせばかりだったのが、急にフィリピンへの進出に関する相談が増え始めたのです。

そうなると仕事も、撤退サポートから進出サポートへ、180度方向転換。フィリピンで新たに会社を設立する際には、どんな法律に注意しながらどのような手順で準備を進めなくてはいけないのか、私は社内の人間や現地のパートナー企業の方などに話を聞きながら、知識やノウハウを吸収していきました。

こうして私はフィリピンで会社を設立するという「入口」についてのノウハウと、フィリピンから会社を撤退させるときの「出口」についてのノウハウの両方を会得しました。渦中にいるときは大変でしたが、振り返ればとてもよい経験をさせてもらったのです。

寺田 未来

不完全燃焼気味な女性にこそ、フィリピンに来てほしい

私にはいつからか、「組織に頼らずに、一人でも生きていける力を身につけたい」という思いが強くありました。最初に就職した銀行を3年で辞めたのも「このまま銀行の看板に頼って仕事を続けても、本当の意味で自分の実力にはならない」と判断したからです。そして2012年2月、「ここで身につけたスキルを武器に、今度はフリーランスとして仕事をしてみたい」という気持ちから、3年勤めたSCSを退社したのです。

そして、どの国で働くかをもう一度考えました。元々働きたかったアメリカに渡るという選択肢もありました。けれども、アメリカには私のように英語と日本語が話せて、USCPAの資格を持っている人はたくさんいて、それが強みにはなりません。みんなと同じ方向を目指せば、競争率も難易度も上がってしまう。ならば、未開拓な部分が多いフィリピンで、新しい道を切り拓こう。私はフィリピンに留まることを決めました。

それに加え、フィリピンは女性にとって、実はとても働きやすいところだと感じ始めていました。何しろフィリピンは、女性の社会進出が世界でもトップクラスといわれるくらいに、進んでいる国なんです。ご存じのように、これまでに2人の女性大統領を輩出し、政府高官、企業トップなどの要職に多くの女性が就いています。

私が以前、日本の銀行で法人営業の仕事をしていた頃は、担当が女性というだけで嫌な顔をされたことがありました。フィリピンで、そんな思いをすることはまずありません。「女性だから、男性だから」というように、性別で人を判断する発想自体がそもそもないのです。私がフィリピンで働き続けることを決めたのには、そんな理由もあったのです。

独立したとはいえ、当初は自宅をオフィスにして仕事をしていました。ちょうど、フィリピンへの進出を検討する日系企業の数が以前にもまして増えていった頃です。しばらくして、中国への進出支援を手がける経営コンサルティング会社のマイツグループから、「中国・アジア進出支援機構というのを作るので、寺田さんにはフィリピンへの進出支援のメンバーになってほしい」とお話をいただきました。

そうなると事業にも一層本腰を入れてかかる必要があります。実をいえば、当時の私は、フィリピンでの仕事を続けることを選んだとはいえ、ずっと住み続けるかどうかについては決めかねていました。だから当分は、フリーランスという立場で仕事をしていければいいと思っていたのです。

けれども中国・アジア進出支援機構の一員になるのなら、しっかりとした事務所を構え、従業員を雇い、組織としての体裁を整えなくてはいけません。そうなると、もう簡単にはフィリピンから離れられなくなります。「当分、ここで頑張ってみよう」私は覚悟を決めました。

独立した当時2〜3社だった取引先は、今では50社になり、進出時のお手伝いから、進出後の会計・税務・人事労務などの支援を行っています。従業員も7人に増え、事業は今のところ順調に滑り出しています。ほんの偶然ながら、私はフィリピンという国に出会えて本当によかったと思います。

フィリピンは、かつてアメリカの植民地だったので、アメリカ文化の影響を強く受けています。一方で、アジアならではのおおらかさも併せ持ち、欧米ほど競争社会ではありません。だから日本人にとっても、住みやすい国ではないでしょうか。

多くの日本人がそんなフィリピンの魅力を知らずに、ネガティブな先入観だけで敬遠しているのだとしたら、何とももったいないことです。

私は、日本で不完全燃焼気味に仕事をしている女性にこそ、フィリピンに来てほしいと思います。今までの鬱々とした気持ちが嘘のように、大きく視野が開けてくるはずです。

リスナーの目線

「マニラで単身活躍する帰国子女のUSCPAホルダー」という触れ込みに、どんな勇ましい女性かと思いきや、目の前に現れた寺田代表は最高の笑顔の持ち主でした。大手都銀に勤めた経歴と海をこよなく愛するサーファーの横顔を併せ持つ人間の幅も魅力ですね。いつまでもその会心の笑みで、マニラの日系企業を照らし続けてほしいと思います。

Profile

1982年愛知県生まれ。 父親の転勤に伴い、生後2ヵ月でアメリカ・オハイオ州へ渡り、2歳までを過ごす。帰国後は、岐阜県、千葉県、埼玉県と父親の転勤に伴い移動し、小学校2年生で再度渡米し2年間滞在。帰国後は、都内の私立女子校で中学、高校時代を過ごし、うち1年間を交換留学生としてボストンで過ごす。高校卒業後は青山学院大学文学部英米文学科へ入学。2004年卒業、同年東京三菱銀行(当時)へ総合職として入行。2007年2月に退職し、アパレル系コンサルティング会社で約1年間勤務後、米国公認会計士試験に専念するため、千葉県九十九里浜に単身移住。2科目合格した時点で、在フィリピン日系コンサルティング会社SCS Global Business Solutions Inc.に入所が決まり、2009年1月より渡比し、日系企業向けの会計・税務を中心としたコンサルティング業務に従事。2012年2月に同所を退所し、Teradatrust Advisory Inc.を設立し現在に至る。

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