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ストーリー代表・CEO

日本のファンを世界に広げ、この国の元気の原動力になる

代表_フリープラス

株式会社フリープラス

代表取締役社長
須田 健太郎 / Kentaro Suda

インバウンドに特化した唯一無二のベンチャー企業

弊社は、訪日外国人客の受け入れを専門とする旅行事業、いわゆるインバウンド事業を展開しています。この事業を始めて5期目にあたる今期は、中国、台湾、香港、そしてASEAN諸国を中心に、西はインド、南はオーストラリアまで16ヵ国、6万人弱の観光客を海外から受け入れる予定です。その9割以上は団体ツアー客であり、弊社は団体ツアーの商品を企画し、外国人観光客が訪日後に利用する移動手段や宿泊施設、飲食店やガイドなど、ツアーに必要なことの手配すべてを包括的に請け負っています。

ランドオペレーターといわれる海外旅行の現地手配を行うビジネス自体は35年ほど前から存在し、特に目新しいものではありません。もともとは、留学生や通訳として日本にやってきた外国人が母国からの依頼をきっかけに事業を始めたというところが大半で、事業を拡大しようという志や企業理念までを持ち合わせている会社は少ないと思います。そして、そんな業界に外部から新規参入したのは、私たちFREEPLUS以外にはありません。その意味では、非常に新規性のあるビジネスとも言えます。大手の旅行会社をはじめ、ライバルがほとんどいなかった市場で、インバウンド事業開始の初年度はたった2人だったお客様が、5期目にして6万人に迫るまでになったわけです。


成人式の夜に迎えた世界企業への第一歩

起業しようと決めたのは20歳の時です。それまでは、将来に対する夢も特になく、なんとなく大学に行き、授業に適当に出てという、どこにでもいる大学生でした。そんな折に成人式を迎え、同窓会ですごく楽しい時間を過ごしたんです。そして、「今日は楽しかったな、こんな楽しい日が次はいつ来るんだろう」と思った時に、ふと成人式はもう二度と来ないという当たり前のことに気づきました。成人式どころか、21歳も22歳も一度きりであって、その先には死しかない。そのことが急に現実味を帯びて愕然としました。今の自分のまま死んでしまったら、生きていた意味がまったくない。そして、どうせいつかは死ぬのなら、せめてそれまでのプロセスを価値のあるものにしたい、地球に自分の痕跡を残したいと思いました。とはいえ、自分の人生を振り返ってみて、昔から好きだった音楽でも陸上競技でも地球にインパクトを与えるのは難しい…。それが、その日の結論でした。

「俺の人生どうしよう」

そう悩んでいたある時、テレビのニュースに、ライブドア社長(当時)の堀江さんや楽天社長の三木谷さんが出ていました。それまで、社長といえば〝白髪のお年寄りが判子をついているイメージ〞を持っていたので、若くエネルギッシュな社長像に衝撃を受けました。それから、さまざまなビジネス書や社長本を読み、年齢に関係なく、お金がなくても、アイディアと行動力、そして勇気さえあれば会社を興せることを知りました。その時に気づいたんです。個の才能が世界レベルでなくても、自分より優秀な人を集めれば、世界的な企業を作れるんだと。そして、自分がこの世を去った後も、その会社が幸せな人を世の中に生み出し続けることで、世界に貢献できると。そのために起業して世界企業をつくろう。そのために生きよう。そう決めたのは、成人式のあった1月の終わりでした。

同じ年の12月、社会やビジネスの仕組みを一日も早く学ぼうと、大学を中退し、翌年4月にITエンジニアを派遣するベンチャー企業に入社します。そして、約1年の在職期間を経て、当初の予定よりも早い2007年6月に株式会社フリープラスを創業しました。

当初の主力事業は、以前の勤務先で経験していたITエンジニアの派遣です。立ち上がりは順調で、1年目で数億円を売り上げ、利益も出すことができました。2年目に入っても、その勢いは止まらず、当時はすっかり天狗になっていたものです。

しかし、2008年にリーマン・ショックが起こります。2〜3ヵ月もすると取引先のメーカーでもリストラが始まり、同時に派遣社員の需要も激減。社員の頑張りも空しく業績は悪化の一途を辿り、毎月百万円単位の赤字が出るようになりました。順調そのものだった経営に、このままでは数ヵ月後に倒産するという現実が襲いかかります。私は迷いました。無借金経営だったし、今なら会社をたたんでも何の痛手もなく大学に戻って、仲間には武勇伝を語れるだろう。親も安心するに違いない。そして何より、銀行から借り入れをしてまで踏ん張っても結果が出なかった時に、借金だけが残る未来が怖かったのです。

そして、当時入社1年目だった現在の役員を公園に呼び出し、初めて倒産の危機を打ち明けました。すると思いもよらない言葉が返ってきたのです。「じゃあ土日にみんなでバイトしましょう。社長も一緒に」確かに当時のコストは大半が人件費です。バイトで生活費さえ稼げれば、会社は当分生き残れると言う彼の言葉に目が覚めました。「世界企業をつくる」と宣言していた私の夢や可能性に懸けて、わずか13畳の頼りない我が社に入社してくれた社員がいるのに、自分の未来のために会社を清算しようと考えていたことが恥ずかしくなりました。そして、「失敗したら、俺はそれまでの男だ」と腹を括ったのです。

すぐに銀行から運転資金を調達すると、リーマン・ショックの最中でも急成長していたインターネット広告に目をつけ、SEO事業をスタートさせました。専門書と首っ引きで始めたまったくの新規事業でしたが、社内のリソースを集中させ、他社のSEO部門を買収するなどして、3期目には黒字化できました。さらに4期目で安定的な収益を得られるようにまでなったのです。

日本を元気にするのは将来を担う私たち若者の義務

ようやく経営が安定してきたところで、そもそも何のために会社を始めたのか、思い返してみました。世界企業をつくるというあの日の思いをです。そして、これからの自分の人生を懸けてもいいと思える事業の条件を3つ挙げました。

まずひとつ目は、BtoCであること。仕事を通して、人に温かみや喜び、幸せを届けることができるのは企業向けではなく、やはり個人向けであると考えたからです。ふたつ目は、最初からグローバルに展開できること。3つ目は、日本を元気にできることでした。

当時は、日本のGDPが中国に追い抜かれ、家電メーカーも海外メーカーの後塵を拝するようになり始めた頃です。世界企業をつくって日本を元気にしたい…。いや、元気にしなければならないという義務感に突き動かされました。

というのも、今の日本が世界指折りの平和で安全な経済大国となったのは、私たちの先達が戦後、死に物狂いで頑張ってくれたおかげです。それなのに現代に生きる私たち若者が自分たちのことばかり考えていていいのか。日本を元気にするのは、将来を担う私たちの義務だと思うのです。

以上3つの条件から導き出されたのが、現在の訪日観光事業です。一般的に国民1人あたりGDPが1万ドルを超えると旅行需要が活発になると言われますが、アジア各国の経済は軒並み伸展していたし、何よりアジアの人たちにとって日本は魅力的な国です。正直、それまで旅行が好きだったわけではないのですが、この市場は確実に伸びると思いました。

こうして2010年7月、私は単身上海へ渡り、「日本の旅を通じて人生に残る思い出をプレゼントしたい」という一心で、中国の旅行会社へ電話営業を開始。そして3ヵ月後には、背水の陣を敷く覚悟で、会社の資産の半分を投じて子会社を設立しました。けれども、実績のない当社を受け入れてくれる先はそう簡単には見つかりません。そんな中、「須田さんの夢を応援したい」という北京の旅行会社の方が現れ、自らの利益を度外視して、私にインバウンドビジネスのノウハウを教えてくれたのですから、ありがたい限りです。

しかし、事業開始から5ヵ月目には東日本大震災が起こり、マーケットは一時壊滅状態に陥りました。それでも、東南アジアの旅行需要は拡大すると確信していたので、マーケットが動かない今こそ、あえて動くべきと考え、現地を一ヵ国ずつ訪問しました。まだまだ先行投資段階で利益も出ていませんでしたが、新卒社員を3名採用、翌年にはミャンマー人やタイ人、ベトナム人を積極採用したことが奏功し、3年目には黒字化を達成しました。初年度にわずか2人だったお客様が6万人にも迫ろうとしている今、確信は現実のものになろうとしています。

改めて私たちの強みを挙げるならば、それはインバウンド事業に特化して、訪日外国人客という〝母数〞を押さえていることです。旅行事業で受け入れ母数を押さえていれば、今後インバウンド市場における他事業への参入をスムーズに行うことができると考えています。

たとえば、海外16ヵ国1500社の旅行代理店や年間約6万人にもおよぶ外国人客に対するマーケットリサーチの依頼がすでに大手企業から舞い込んできています。将来的には数万単位の送客を背景に、ホテル業などへの参入も視野に入れています。

先達が築いてくれた日本の魅力を最大化する。それが私たちの使命です。日本の観光立国化がもはや国策である今、私たちは、日本のファンを世界に広げて、この国の元気の原動力になっていきます。


 

リスナーの目線

「ザ・アブローダーズ」ともいうべき生い立ちもあるのでしょうか。須田さんの発言はいつも明確であり、視野の広い世界観を感じさせます。また、和魂洋才の趣があるオフィスも、その細部に至るまで須田さん自身のアイディアが反映されているそうで、こうしたホスピタリティやデザインのセンスも、会社躍進のカギになっているような気がしました。

Profile

1985年、マレーシア・クアラルンプール生まれ。
日本人の父とマレーシアの華僑である母を持ち、幼少期をマレーシア、インドネシアのジャカルタで過ごす。10歳より日本に定住。大学中退後の2007年、自分が生きた証として、世界中に幸せを生み続ける世界企業を創ることを決め、22歳で株式会社フリープラスを設立、代表取締役に就任。2010年、訪日旅行事業に参入、『日本の観光立国を成し遂げ、日本のファンを世界に広げ、日本の元気の原動力となる』ことを使命とし、訪日観光関連事業への展開を進めている。

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