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ストーリー代表・CEO

国境の壁は、思っているほど高くも険しくもない

代表_ビジョン

株式会社ビジョン

代表取締役社長
佐野 健一 / Kenichi Sano

自分以外、スタッフ全員が外国人だった創業期

今にして思うと、ある意味で当社は創業当初からグローバル企業だったのかもしれません。何しろ当時は、社長の私を除いて、スタッフ全員が外国人だったのです。

通信系の大手企業に勤めていた私が起業したのは、1995年、25歳のときです。出張で乗っていた新幹線の車窓から富士山が見えたとき、ふと「ここで起業しよう」と思いついて、最寄りの新富士駅で降りたんです。そのまま不動産屋さんに駆け込んで、アパートの仮契約をしてしまう勢いでした。

もちろんそれまでにも、いずれ独立することは考えてはいました。ただ、タイミングも、静岡県富士市を創業の地に選んだのも、完全にその場の直感でした。事業内容も、これまでの知識や経験を活かせる通信関係の何か……とは思いつつ、具体的なビジネスプランもありませんでした。

静岡はサッカーが盛んな地域で、夜になると仕事を終えた大人たちが、ナイターのグラウンドで夢中になってボールを追いかける姿がよく見られます。私も鹿児島で高校時代までサッカーをしていたので、あるチームに入れてくれるよう、声をかけました。すると彼らは日本人ではなく、全員が静岡の工場に出稼ぎに来ていたブラジル人だったのです。

その日から、ブラジル人と片言でのコミュニケーションが始まりました。話しているうちにわかったのは、彼らがさまざまな文化の違いがある日本社会になかなか馴染めず、孤立感を抱いているということでした。彼らにとっては、国際電話で母国の家族や友人と話すことがいちばんの楽しみなのですが、当時は電話料金がとても高かったので、気兼ねして長電話ができないことをこぼしていました。

そこで私が思いついたのが、国際電話の割引サービスです。通信事業者と交渉して電話料金を割引するサービスを作ってもらい、そのサービスを日本在住の南米の方向けにコールセンターで販売するというビジネスを始めることにしたのです。

さっそくコールセンターのスタッフとしてブラジル人やペルー人を雇い、スペイン語やポルトガル語のパンフレットを作りました。女性中心のスタッフは当初10人程度でしたが、3ヵ月後には30人にまで増えました。また1年目に8000万円程度だった売上は、2年目には10億円に達したのです。ニーズがあったといえばそれまでですが、日本人が日本語で営業していたら、これだけの成功はなかったと思います。すべては、外国人である彼たち・彼女たちが頑張ってくれたお陰でした。

けれども、私はその時点で、このビジネスが長続きしないことも予想していました。当時から通信事業者間で、国際通話料を下げる動きが進んでいたからです。それに加え、インターネットも急速に普及しつつありました。技術革新のスピードが著しい通信の世界では、時代の流れを読むことが肝要です。私には、当時のスタッフが母国に帰るまでの3年から5年のうちに、新しい事業を立ち上げる必要がありました。

私は国内事業に軸足を移すという大きな意思決定を行い、2002年には東京に本社を移転。大手通信会社の代理店として、携帯電話やブロードバンドのサービスを国内の法人向けに販売するビジネスを事業の主軸に据えました。

以後、国内事業に専念することになるのですが、創業期にブラジルやペルーの人たちと一緒に仕事をしたことは、私にとって貴重な経験となりました。外国人を相手にビジネスをすることにまったく抵抗感がなくなったからです。確かに日本人とブラジル人とでは、性格も慣習もまったく違います。けれども、同じ人間なのですから、人としてやっていいことと悪いことといった、根本的なベースは同じです。育ってきた国が違っていたとしても何ら問題ありません。

ですから当社では、採用は国籍で区別しないことをルール化しています。現に社内では、韓国や中国、台湾など複数ヵ国出身の社員が何十人も働いています。取り組んでいる事業は国内向けでも、採用はずっとグローバルだったのです。

 

ビジネスのヒントは日常にある

私が再び海外に目を向けることになったきっかけは、海外に行くたびに辟易していたモバイル環境の問題でした。

その最たる例が、海外でモバイル端末を使用する際、設定を間違え、パケット定額制の指定外通信業者を通じてデータ通信を行った場合に通信料が思わぬ高額となる、いわゆる、〝パケ死〞です。中には、請求額が数百万円におよぶ場合もあり、そのリスクを恐れて、海外にいる間はインターネット接続を控える人も少なくありません。

今や世界中の人たちが、国境を越えてビジネスをしている時代です。それにもかかわらず、〝パケ死〞のように時代錯誤も甚だしいリスクを抱えながら、しかも通信スピードが遅い、実にストレスフルな環境でモバイル端末を使うことを強いられている。

「これは何とかしなければいけない」起業家としての血が騒ぎました。

そこで誕生したのが、世界各国の通信事業者と契約を結び、現地のローカルネットワークを直接利用できるWiFiルーターを定額制でお客様にレンタルする新サービス「グローバルWiFi®」です。

従来は、海外でインターネットに接続する際に、国際ローミング通信といって、ユーザーが国内で契約している通信事業者を介し、その事業者が現地で提携している事業者の設備を利用するという形を取っていました。海外から来た人には十分な通信スピードが出せない設定にしたうえ、料金も高くなる仕組みです。

一方「グローバルWiFi®」は、現地のローカル回線に直接接続するため、国際ローミング通信と比べて10倍以上の高速化を実現。しかも、日本の携帯電話会社の海外パケット定額サービスよりも安価で、設定ミスによる〝パケ死〞のリスクもありません。

「グローバルWiFi®」も、きっかけは創業当時に日本在住の南米の方を対象に国際電話の割引サービスを始めたときと同じで、困っている問題を解決する手段を考えたことです。このように、ビジネスのヒントは、いつも日常にあるものです。大切なのは、自分で感じた疑問や不安を、何かのヒントだと気がつくかどうかです。私の場合は、通信一筋にビジネスを続けてきて、通信の世界で起きていることに敏感であったことが発想のポイントです。もし私に、通信に関する専門性がなかったら、「海外でスマホを使うのは、何かと不便」という印象を持つだけで、ビジネスに結びつけようとする発想はおそらく生まれなかったでしょう。新しいビジネスを見つけるためには、視野を広く持つと同時に、自分の専門領域を極めていることも重要なのです。

大切なのは「何語で喋るか」ではなく「何を喋るか」

「グローバルWiFi®」は、現地の通信事業者と当社が直接契約を結ぶことによって成り立っているサービスです。現地事業者にとっても、当サービスを通じて、海外のユーザーに自社のネットワークを使ってもらうことで売上増が期待できるわけですから、大きなメリットがあります。つまり、両者にとってWin―Winのビジネスといえます。

私たちは当初、アジア地域最大級の通信会社であるシンガポール・テレコムや、アメリカのベライゾンに、このビジネスプランを持ちかけ、契約を成立させてきました。世界上位の通信会社を最初に取り込めば、他国の通信会社も契約を断る理由がなくなります。短期間で200ヵ国以上の国・地域にサービス網が構築できた裏には、こんな駆け引きもあったのです。

商談の際、プレゼンテーションは、社長である私が行います。ただし、私は英語が喋れないので、通訳を介して日本語で話をします。英語が喋れないからといって臆することはありません。大切なのは「私という人間がどんな人物なのか」「どんな思いを持ってこのビジネスに取り組んでいるか」という点を、明確なメッセージを込めて相手に伝えることです。英語がうまくなくても、日本語で十分伝わるものなのです。

ちなみに、商談の場で私が「英語が喋れなくてすみません」と言うと、感度の高い相手であれば「こちらこそ、日本語が喋れなくてすみません」と返してくれます。正直、この言葉には何度も救われました。もちろん、現場で実務に携わる人には一定の英語をはじめとする語学力が求められます。けれども、いちばん大切なのは、「何語で喋るか」ではなく「何を喋るか」ではないでしょうか。

私は、日本人相手の国内でも、外国人相手の海外でも、やり方自体に大きな違いはないと思います。日頃からコミュニケーションを取って信頼関係を作る。嘘をつかない。双方の利益を考えて行動する。こうした原理原則さえ守っていれば、アジアでも、欧米でも、どこへ行っても成功できると思っています。国境の壁なんて、思っているほど高く、険しいものではありません。ちょっと指で押す程度で、音を立てて崩れてしまうかもしれませんよ。

 

リスナーの目線

専門性に言葉の壁はないと語る佐野社長。アメリカやアジアの通信大手との商談に自ら乗り込んでいく大胆な行動力と、ベンチャー企業にして社会インフラを築かんとする胆力には、感服するばかりです。ちなみに「グローバルWiFi®」は、私の海外出張にも欠かせない〝必需品〞。日本国内と変わらないモバイル環境のお陰で、本書の海外取材もスムーズに進みました。

Profile

1969年鹿児島県生まれ。
1987年私立鹿児島商工高等学校卒業、1990年株式会社光通信に入社、すぐにトップ営業マンになる。その後、営業マネージャー、関西、名古屋の支店長、直販事業部長、テレマーケティング事業部長、OA機器事業部長、代理店統括事業部長を歴任。当時すべての部署の責任者を担当。24歳で800人ほどの部下を持っていた。1995年静岡県富士市に有限会社ビジョン設立、1996年株式会社ビジョンへと改組。2012年2月、海外向けモバイルWiFiレンタルサービス「グローバルWiFi®」を開始。同年4月、国内唯一の「新浪微博(シナウェイボー)」オフィシャルパートナー企業Find Japan株式会社を完全子会社化。趣味はサッカー。

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