世界で通用する普遍的なバリューを獲得する方法

Daijob Global Recruiting Co., Ltd. 代表取締役 篠原 裕二

篠原 裕二Yuji Shinohara

Daijob Global Recruiting Co., Ltd.

代表取締役

2015.06.09

グローバルな舞台へと人々を送り込む

当社ではDaijob.comというウェブサイトを運営しています。1998年にオーストラリア人が立ち上げた日本初の外資系転職求人サイトで、この分野では日本最大級です。2005年よりヒューマンホールディングスの事業子会社となりました。

登録している求職者はバイリンガルで、累計登録者数は45万人(2014年10月現在)。もともとは外資系企業の求人がメインでしたが、近年は海外進出している日系企業も数多く掲載しています。

2013年から人材紹介事業がスタートし、サイト掲載を希望されないエグゼクティブ層の求人をメインに対応しています。また、海外進出した日系企業の多くが現地化を進めており、マネジメントができる日本人の需要が急増しているため、2014年から海外勤務求人専門のWorking abroadというウェブサイトも開設しました。

後者は英語や現地の言語を話す能力を現時点では持っていなくても、海外でチャレンジしたいという意思を持つ日本人転職希望者や日本の商習慣を理解している外国人転職希望者もターゲットとしており、学生が海外留学するように、海外で仕事をしてスキルを積むチャンスを提供するサービスです。

現在ヒューマングループはHR領域において、上海、ジャカルタに進出しており、当社はそれらの拠点と連携して、国際人材紹介にも取り組んでいます。日本から海外、海外から日本という双方向に人材を紹介する事業です。2014年5月に開始して、すでに実績も挙げています。グループシナジーを活かした展開に力を入れたことで、現地のクライアントも訪問するようになりました。

私が新卒で就職したのはリクルートです。最初の11年間は教育関係の広告事業を担当し、専門学校を対象にコンサルティング営業をしていました。その後、社会人教育の媒体である「ケイコとマナブ」担当に異動となり、営業や編集者、編集長も経験しました。入社からずっと大阪と名古屋での勤務でしたが、最後の2年間は東京で営業統括を担当しました。2008年で社歴19年となり長く居すぎたと感じて、次の就職先も決めずに退職しました。

それまでは紙媒体がメインでしたが、次はIT系に行きたい。グローバルな舞台を試してみたいという思いもありました。しかし、42歳という自分の年齢を考えると後者は厳しいとも考えていました。

その後、希望通りIT系企業のIMJに入社しWeb系広告事業に携わります。2年目が終わろうとする頃、IMJが福建省の廈門市(シャーメン)にある会社を買収しました。シャーメンへ赴任予定だった取締役が突然退職。誰も行く人がいないと聞きつけて「是非行きたい」と手を挙げました。中国本土に行ったことはなく、ほとんど予備知識はありませんでした。もちろん中国語は分かりません。それでも45歳でこのようなチャンスが巡ってきたのだから、逃す手はないと思いました。

最終的に私の赴任が認められ、シャーメンの会社を経営しながら、上海に会社を作るというミッションが課されました。後からもう1人日本人を派遣すると言われ、私だけまず中国に渡りましたが、結局それは翌年になり、私は1人で、シャーメンの会社経営と、上海で会社を立ち上げなければならなくなったのです。

何をするにしても1人でやらなければならないのは大変ですが、いい経験になりました。1人でいたからこそ言葉も上達したと思います。当時はタクシーに乗る前に行き先をGoogle翻訳で調べ、発音を50回くらい聞いて覚えました。それでもタクシーに乗った瞬間に忘れてしまうのですが。日本にいる時に、ピンインと言って、中国語の発音をアルファベットを使った記号で表現したフリガナのようなものの読み方は習得していったので、書き取りはなんとかできました。

日本で「中国に行く」と話すと「反日は大丈夫?」と心配されたのですが、実際に行ってみるとむしろ日本の「反中」の方がよほど強烈だと感じました。

他にも驚いたことは数限りなくあります。例えば上海の地下鉄に乗っていて、老人や妊婦、子どもが立っていたら、ほぼ100%の確率で座っている人の誰かが席を譲ります。こうした光景を目にするたびに、自分はいかに中国を知らないか思い知らされます。

仕事に対する感覚についても、日本人と中国人では明らかにギャップがあります。ただし、私は「人というのはそんなに変わらないものだ」と思うようになりました。

彼らをマネジメントするのは、簡単ではありません。日本なら15分で済む会議がうっかり5時間に及んでしまったりします。

しかしこれはロジカルなルールがないせいです。ロジックは世界共通の言語であり、ロジカルにきちんと説明していけば多くの問題が解決していきます。

彼らが「お金が欲しい」とハッキリ言うことに対しても、日本人は戸惑います。しかし、彼らはただストレートに物を言っているだけだと分かれば、驚かなくなります。

45歳からの海外でもチャンスは大きかった

最初の頃は自分が必死だったので単身赴任でしたが、1年近く経って落ち着いてきたのでようやく家族を呼び寄せました。すると約1週間後に社長が訪ねて来て、上海の会社を閉めると言われたのです。日本の親会社がMBOをして、新しく着任した新会社の上層部が入れ替わったからとのこと。しかし、中国に来てまだ1年、これでは何をしに来たのか分からないと思い、残りたいと言いましたが、決まったことは覆せませんでした。

リクルート時代からのお付き合いのおかげで、中国にいる間にヒューマングループへ転職することができました。一度帰国したら気力が続かないと思っていたので、現地で転職できたのはとても幸運でした。

その後1年かけて中国法人数社の課題解決と体制整理を上海と天津を舞台に行っていましたが、日本本社より帰国するように言われ、2013年4月から今の会社Daijobに着任となりました。

海外で働くことの良さとして、私自身が経験したのはまず自分の世界観の変化です。それまでは日本を中心とした物の見方しかできませんでしたが、視座が高くなり世界を俯瞰できるようになりました。少し世界が小さくなったような感覚です。

マーケットのパワフルさも、日本では経験のないものでした。日本での仕事には必ず閉塞感がつきまとっていましたが、中国ではそれが一切ない。日本に戻ってきてからも、その感覚で働いています。

そして、「人脈」という言葉では表しきれないくらい、とんでもなく濃い繫がりがあちこちで生まれました。僅か2年間の滞在でしたが、日本人でも中国人でも知り合った人たちは今もほぼ全員と繫がっています。彼らに何かお願いされたら私も頑張りますし、こちらが頼めば必ず応援してくれて力を貸してくれます。例えば私がジャカルタなど他の国に行った時にも喜んで手助けしてくれました。日本で出会っていたら、このような濃い繫がりは生まれなかったでしょうし、中国にいたからこそ出会えた人もたくさんいます。

私のように、45歳から海外に出てもこれだけたくさんのことを経験し、人との繫がりを得ることができたのですから、若い人が行けばもっともっとチャンスがあるはずです。

人との繫がりを作りやすかったのは、私を中国へ行かせてくれた上司のおかげでもあります。彼から「お前は現地に何の基盤もないから、友達を作るために毎月20万使え」と言われていたのです。その言葉に噓はなく、使い切れないとその上司から突然電話かかってきて「お前、なに肝臓休めているんだ!」と怒られたくらいです(笑)。

日本は能力を伸ばしにくい傾向があります。例えばアメリカで小学生が時速150キロのボールを投げたら、きっとそのままプロの野球選手になれます。ところが、日本では中学野球、高校野球というプロセスを経ないとプロにはなれません。

リクルートで教育関係の広告事業に携わっていた時、学歴社会のボーダレス化を目指し、学歴以外の価値を生み出せるような学校づくりを推進していました。今でもそれは大切な視点だと思っています。相変わらず大学の序列は存在し、それがその後の進路に影響することも当たり前です。

状況を変えるために、日本の学歴とは関係のないところに飛び出して留学するというのもひとつの選択肢です。しかし欧米への留学はコストが高いし、アジア留学も勇気がいる。そうやって学生時代に踏み切れなかった人こそ、海外で働いてみてほしいと思います。

現地採用で就職すれば、留学とは反対にお金を稼ぎながら自分のキャリアを磨けます。日本国内にしかない企業で出世しても、世界で通用するバリューはなかなか身につきませんが、海外で働いて獲得するバリューは普遍的で、一生身を助けてくれます。

もちろん何の覚悟や目的もなく行くのは危険です。しっかりとした目的を持ち、「この2年間」などと自分の中で区切りを決めて、是非思い切って飛び出していってほしいと思います。

篠原 裕二

インタビュアーの目線

新卒から20年にわたり、リクルートで勤めた後、45歳にして初めての海外勤務を経験したという篠原さんに、同世代の大人は大いに発奮すべきでしょう。しかも、ただ海外で働いたというだけでなく、言葉の壁を乗り越え、人脈をつくり、現地のビジネス慣習を学ぶなど、とてつもない成長をされていることに、同世代の私はただ脱帽するばかりでした。

書籍「世界を動かすアブローダーズ ~ 日本を飛び出し、海外で活躍するビジネスパーソンたち 」から掲載】


Profile

京都府生まれ。
同志社大学卒業後、(株)リクルート入社。教育機関の募集広告営業、情報誌「ケイコとマナブ」編集長を経てエグゼクティブオフィサーに就任。2009年同社退社後、(株)アイ・エム・ジェイWeb広告事業執行役員に就任。2011年同社の中国進出のために中国に渡り、システム会社のM&A、Web制作会社を設立。2012年にヒューマンホールディングス(株)顧問に就任、中国における人材、教育事業を管掌後、翌年同グループのバイリンガル専門人材サイトを運営するダイジョブ・グローバルリクルーティング(株)現職に就任。

Contact

Daijob Global Recruiting Co., Ltd.

〒107-0052
東京都港区赤坂1-7-1 赤坂榎坂森ビル5F
03-6682-5443(代表)
http://corp.daijob.com/(会社概要)
http://www.daijob.com/(バイリンガル専門転職サイト)
http://workingabroad.daijob.com/(海外勤務専門転職サイト)
http://www.daijobagent.com(バイリンガル専門人材紹介)

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「世界を動かすアブローダーズ ~ 日本を飛び出し、海外で活躍するビジネスパーソンたち」

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