これからのアジアにはバランス型リーダーが必要

PT MicroAd Indonesia

榎原 良樹Yoshiki Enohara

COO

インドネシアは、ゼロからやり直すのにふさわしい場所だった

私が働いている「PT MicroAd Indonesia」は、日本のマイクロアド社とインドネシア現地企業の「PT Corfina Mitrakreasi(ピーティー・コルフィナ・ミトラクレアシ)」社および「PT Rizki Bukit Abadi(ピーティー・リツキ・ブキット・アバディ)」社が、共同出資をして設立した合弁会社です。2011年6月に設立された当初から、私はこの会社でCOOを務めてきました。

けれども私は、元々マイクロアドやインドネシア現地企業の社員というわけではなく、新たな挑戦としてインドネシアでのゼロからのスタートを選び、ここにやってきたという経緯があります。

2008年にリーマンショックが起きたあとのことです。世の中の価値観が、物質的価値観から精神的価値観へと移り変わってきているのを感じた私は、有機野菜のブランド化に取り組む会社を起業しました。ところがこの事業がうまくいかなかった。会社をたたむことを決めたときに、マイクロアドの代表から、インドネシアでの現地法人設立の話を持ちかけられたのです。

当時、ありがたいことに、そのほかにもいくつか新しい仕事のオファーはいただいていたのですが、インドネシアという場所が、そのときの自分にいちばん合っていると思ったのです。ゼロから新たな挑戦をする自分が、再スタートする場としてはそこがふさわしいと感じました。

学生時代、大学を卒業したら商社に入社して新興国でのインフラ整備に携わりたいと思っていた時期がありました。結局、縁あって銀行に入社したのですが、そのときも海外、特に新興国で働くチャンスのある銀行はどこかという視点で選びました。その銀行には3年半お世話になりましたが、組織の歯車になっているのに過ぎないと感じ、退職。転職先のサイバーエージェントでは8年3ヵ月の在職中、名古屋営業所の立ち上げ、大阪支社長として売上を6倍に伸ばすなど、幹部社員として会社の成長に貢献しました。東京へ異動になった頃から「もう一段自分の価値を高めたい」という気持ちが強くなり、起業を決断。その結果、先述したような経緯を経て、インドネシアに来ることになりました。

こちらで仕事をし始めて、しばらく経ったときのこと。私はふと「これまでいろいろな試行錯誤はあったけれども、そうした経験を経て、自分はもう一度学生時代に志していた原点に戻ってきたんだな」と思いました。

社会人になってからというもの、すっかり忘れてしまっていたのですが、私が学生時代に商社マンを目指したのは、新興国のまだ何もないまっさらな場所で、ゼロからビジネスを立ち上げていくことに憧れていたからです。それが気づけば、こうしてインドネシアでビジネスの立ち上げに悪戦苦闘しているのですから、人生とは不思議なものです。

当社はインターネット広告ビジネスを事業の柱としている会社です。現在のインドネシアのインターネット広告市場は、ちょうど日本の90年代後半から00年代初頭の状況に似ています。つまり完全な草創期であり、インドネシアにおけるインターネット広告のビジネスモデルをゼロから構築しなくてはいけない時期です。

ですから私は、学生時代に志していた原点に戻ってきたというわけです。もちろん当時とは異なり、プロフェッショナルとして事業を成功させるミッションを負った経営者の立場でインドネシアに来ています。酸いも甘いも味わったビジネスの経験もきっと役に立つでしょう。この覚悟と経験を武器に、この会社をインドネシアを代表するインターネット企業に育てていきたいと思っています。

Profile

1974年鳥取県生まれ。
大学卒業後、大手都市銀行に就職。2001年、株式会社サイバーエージェント入社。名古屋営業所の立ち上げなどを経て、西日本統括大阪支社長、事業戦略部長を歴任。2009年同社を退職し、農業・環境関連ベンチャー企業を起業するも約2年で閉鎖。2011年4月より株式会社マイクロアドと現地企業の合弁会社PT MicroAd Indonesia設立に携わり、COOを務める。

Contact

PT MicroAd Indonesia

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