伸びる業界なら自分も急成長できる
ジェイズ・コミュニケーション株式会社 代表取締役 愛須 康之

ジェイズ・コミュニケーション株式会社

愛須 康之Yasuyuki Aisu

代表取締役

2015.03.24

経営者ファミリーのDNA

私の父は男6人、女1人の7人兄弟の中で育ち、長兄は家業を受け継いで会社として法人化し、妹は起業家に嫁ぎ、兄弟全員起業家という経営者ファミリーでした。

父も、私が生まれた後、昭和40年代中頃に自動車部品関連を主体とした鍍金工場を立ち上げています。当時の日本は高度経済成長期で大変景気が良く、特に製造業が好調だったようです。経営者として働く父の姿に魅力を感じ、10歳の頃には、自分も将来は経営者になりたいと考えるようになり、中学生になってから父の工場でアルバイトを始めました。当然のように跡を継ぐように言われていた私は、自宅から近い工業高校へと進学しました。

ところが高校3年生になると、製造業の将来性に不安を感じるようになりました。それでも高校卒業から1年ほど父の工場を手伝っていましたが、「やっぱり違う仕事にチャレンジしたい」という想いが強くなり「もっと世間を見て勉強してくる」という大義名分を掲げ、他の会社に就職することを決意しました。成長分野でチャンスを得たいという考えから、まずは将来性がありそうな業界を探しました。

当時、これからの時代はますますコンピュータと通信技術が重要になるだろうと考えていた一方で、コンピュータ業界の市場は成熟しつつあるとも思えました。そのため、当時から自由化により発展が期待されていた通信関連業界に興味を持つようになり、コンピュータ業界と通信業界の交わるところ、コンピュータとコンピュータをつなぐデータ通信(現在ではネットワーク)という業界を選びました。その選択が現在の私につながっていくのです。

天啓のごとく成長産業に就職

悩んだ末、就職した会社は、大阪にあるデータ通信機器の商社でした。社員10人程度の小さな規模でしたが、社長の近くで最先端のデータ通信技術を勉強することができたので、起業志望があった私にとっては最良の選択だったと思います。

そこで2年、3年と仕事を続けるうちに、データ、コンピュータ通信の基礎、取り扱っている商品の知識やその周辺の技術を学び、営業職でもいろいろなことを経験しました。

そして、「この会社を大きくする」というビジョンを抱き、一生懸命頑張りました。社長は素晴らしい技術者でしたが、とてもワンマンな方で、実質的には一人で会社を回していました。そこで、自分の仕事は社長の時間を作ることだと思いました。なぜなら、私が社長の時間を作ることにより、社長は社長にしかできない価値の高い仕事に時間を割くことができ、結果として会社の成果も大きくなると考えたからです。

私は営業、技術の両方を担当しながら、さらに社長をサポートすることにも注力しました。


Profile

1966年大阪府生まれ。
1986年、データ通信機器販売会社のデータコントロルズ株式会社に入社。大阪営業所長など重要なポストに就いて業務に従事する。1995年4月、ジェイズ・コミュニケーション株式会社を設立、代表取締役に就任。2001年、サポートサービス事業を手がける100パーセント子会社の株式会社イーサポートを設立。2012年11月、技術サービス会社ジェイシーテクノロジー株式会社を設立。両社の代表取締役に就任。同年12月、音声・情報インフラ構築会社ジェイズ・テレコムシステム株式会社を設立、代表取締役に就任。2013年6月にサーバソリューション会社、エムワイ・ワークステーション株式会社を100パーセント株式取得により子会社化。現在グループ5社。

Contact

ジェイズ・コミュニケーション株式会社

〒104-0033
東京都中央区新川1-16-3 住友不動産茅場町ビル8F
TEL:03-6222-5858(代表)
URL:http://jscom.jp/

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