日本一に輝いた塗装技術と
消費者本位の姿勢で、
「100年企業」の実現へ

株式会社石川建装 代表取締役 石川 俊彦

株式会社石川建装

石川 俊彦Toshihiko Ishikawa

代表取締役

2018.01.24

建築塗装事業をメインに、
リノベーション住宅など、
事業領域を拡大中
品質へのこだわりで、
多くの顧客から信頼を獲得

高品質&適正価格を強みに成長を続け、内閣総理大臣賞も受賞

株式会社石川建装は、住宅や公共施設・設備などの塗装工事を主軸とする企業だ。現在、さいたま市と茨城県古河市の2拠点に25名の従業員が在籍。関東一円の塗装工事を請け負い、その高い技術力から塗装工事だけでなく足場・防水・タイルといった工事にも進出している。近年は内装のリフォームも手がけるようになり、それらを合わせると年間300物件ほどの案件が舞い込むという。

「建築産業は、私が仕事を始めてから約30年の間に激しい浮き沈みがありました。価格競争の厳しい側面もありますが、それでも私たちが大事にしてきたのは、品質面で手を抜かないこと。『安かろう悪かろう』ではなく、適正価格で高品質の工事を実現することにこだわってきたんです」

このように語るのは社長の石川俊彦。好景気の時代も、社会全体が低迷した冬の時代も経験しているが、どんなに時代が変わろうともお客様から依頼された工事に対しては、一切妥協しない姿勢で臨んできた。石川のスタンスは、日々の育成・指導を通して共に働く仲間である従業員や協力会社の人たちにも伝播。それが信頼につながり、取引先を増やしていけたのだという。

事実、石川建装の塗装技術は全国屈指のレベルにある。2015年10月に行われた「第24回建築塗装技術競技大会」では、同社の専務取締役 塚原 正幸が日本一の称号である内閣総理大臣賞を受賞。各都道府県から選抜された職人たちが腕を競う中でNo.1となった技術は、他でもなく石川が長年に渡って継承してきた考えやテクニックが礎になっている。

「日本一になった彼は、高校を卒業直後から19年来、私と一緒に仕事をしてきた仲間です。彼は今、当社の専務を務めてくれて、若手や協力会社にも品質に対する姿勢や技術を教える立場。日本一の技術力を持つ者が先頭に立って高品質を追求しているのも、当社の強みだと思います」

株式会社石川建装 代表取締役 石川 俊彦

人生の荒波の中で確信した、塗装という仕事の価値

古河市出身の石川が社会に出たのは、わずか15歳のとき。中学を卒業後、高校には進学しなかった。同級生360人中、就職したのは4人。「とにかくヤンチャだった」と昔の自分を振り返る石川だが、その当時は勉強をする意味がわからなかったのだという。

「高校に行ってもどうせ勉強せずにすぐ辞めるだろうという気がして、だったら働こうと。でもやりたい仕事があったわけでもない。ただ遊ぶお金がほしいだけでしたね」

このとき初めて働いたのは塗装屋だった。しかし、友人たちと夜中まで遊び歩く石川は、翌朝起きられずに仕事に遅刻したり、サボったりを繰り返す毎日。すぐに辞めてしまい、別のところで雇ってもらっては辞めてという生活を半年ほど送ったのち、一つめの転機がやってくる。仙台で働こうと決断したのだ。

理由は、のちに妻となる彼女が仙台に引っ越すことになったから。このまま古河でまともに働かない生活を続けても仕方がないと考え、彼女の後を追いかけた。

仙台では、野菜を市場に運ぶ運送会社に住み込みで働いた。見知らぬ土地でようやく仕事に慣れた矢先の年末、彼女から妊娠していることを告げられる。翌年の8月には長男が誕生。まだ16歳だった石川は、息子の産声を聞いたとき、「明日からどうしたらいいのだろう」と怖くなったという。

それでも家族3人が生きていくため、目の色を変えて仕事に打ち込んだ。そして19歳になったとき、石川は家族で関東に戻ってくる。妻の親戚から「塗装の仕事をやらないか」と声をかけてもらったのだ。

「時代はバブル景気の真っただ中。建築工事もひっきりなしに入ってくる状況とのことで、頑張ったら頑張った分だけ実になるような気がしました。それに、中学を出て働き始めた自分には、手に職を付けるよりほかに道はないと思ったんです」

再び塗装の道に戻ってきたものの、過去の経験はないものとして親方の塗装の手伝いから始めた。その親方は“1人親方”だったこともあり、比較的早くに塗装の実作業にも挑戦させてくれ、24歳頃には現場を任されるようになる。

この頃に石川が学んだことは、技術以上に「仕事に対する姿勢」だという。親方は何ごとにも手を抜かない人物。そして、壁など塗装する対象を丁寧に掃除するような、事前準備に並々ならぬこだわりを持っていた。それが今の石川のスタンスにも大きく影響している。

「親方は、常にお客様への真摯な気持ちを忘れない人でした。今でも良く思い出すのは、『お前の給料は俺が払ってるんじゃない。お客様が払ってるんだ』とか『この仕事はお前にとって1日分の給料にすぎないかもしれないけれど、お客様にとっては数百万、数千万円の価値に影響する』という言葉。塗装の仕事の価値とは、ただ色を塗ることではなく、建築物という財産価値を守ることなんだと気付かせてもらえました。これは今、当社が掲げる『消費者本位』という経営理念にもつながっています」

親方のもとで働いた10年間を経て、石川は1997年の8月に個人事業主として石川建装を創業する。お世話になった親方や取引先の厚意を受け、滑り出しは順調。もちろん景気の波はあったものの、家族や社員、そして社員の家族…と守るものが増えた石川は、品質重視の姿勢でお客様の信頼を積み重ねていく。

ところが、事業の拡張に伴って古河に土地を購入し、本社オフィスを構えた直後にリーマン・ショックが起きる。建築業界は一気に冷え込み、仕事はほとんどなくなった。売上はないのに、本社のために抱えた借金の返済でお金は出ていくばかり。正月を迎えたとき、社長である自分の財布にはいくらも入っていなかった。目の前が真っ暗になり、精神的にもふさぎこむ毎日。そんな自分を救ってくれたのは、妻からの言葉だった。

「仙台で一緒に暮らし始めた頃、私たちには何もなかったじゃない」

月給15万円で家族3人肩を寄せ合って暮らしていた時代。稼ぎの大半はミルクやおむつに消えていき、夫婦で一膳のご飯を分け合って食べるような生活。猛烈に雪が降る中も、原付バイクを走らせ仕事に出かけた。確かに困窮はしていたけれど、すべては子どものため。それを苦労だとは思わなかった。20年前の暮らしを思い返した石川は、自分を奮い立たせて昔のお客様に会いに行き、付き合いのなかったお客様のもとへも足を運んだ。そのおかげで少しずつ仕事が入ってくるようになり、厳しい時期を1年で脱する。

この時代にお世話になった方々が今一番のお得意様になっているのは、どんな苦境でも仕事に手を抜かず、品質にこだわり続けてきたからこそだと、石川は信じている。

株式会社石川建装 代表取締役 石川 俊彦

Profile

茨城県古河市生まれ。中学卒業後、複数の会社に勤務した後、塗装会社で約10年経験を積む。1997年8月に個人事業主として石川建装を創業。現在はさいたま市と古河市に2拠点を構え、一般建築塗装・耐火被覆塗装・自然健康塗装・鉄鋼物・橋梁塗装などの各種塗装工事をはじめ、多意匠装飾仕上げや防水工事、住宅リノベーションなどを手がける。

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株式会社石川建装

埼玉県さいたま市浦和区常盤10-15-16 常盤10丁目ビル3F

http:// www.ishikawakensou.com/

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