頼まれごとは、 まずやってみる
株式会社ブラス 代表取締役社長 河合 達明

株式会社ブラス

河合 達明Tatsuaki Kawai

代表取締役社長

2014.01.23

生来〝仕切り屋〟の自分にとっての天職との出会い

「河合、結婚式の司会をしてくれないかな?」「いいよ」。それまで結婚式に出たこともないのに、二つ返事で引き受けてしまう。気がいいのか、おっちょこちょいなのか、話し好きで〝仕切り屋〞のうえに、頼まれると断れない。この性格が未来を切り拓く原動力になろうとは、このときは知る由もありませんでした。

高校を卒業した私の夢は、なんとシンガーソングライター。大学進学の道を捨て、「東京で一旗あげてやる」とばかりに、相方とギターを抱えて上京しました。けれど、音楽の才能がまるでないことを自ら悟り、あえなく愛知県の実家へ出戻り。水泳のインストラクターや、軽トラックを買い込んで配送業をして小遣い稼ぎをする、いまでいうフリーターのような生活を過ごしました。そのうちに、地元の友だちが大学を卒業して就職するようになり、さすがに焦りを感じた私は22歳でイベント制作会社へ就職。「なんとなく恰好よさそう」という不純な動機もありました。

そこは、大手広告代理店の下請けとして、イベントの企画から実施までを請け負う小さな会社でした。実際に働き始めると、この仕事がすごく面白い。生来〝仕切り屋〞の私にとって、イベントの運営はまさに天職でした。私の担当は、電話帳ほどの厚さになる「実施運営マニュアル」をつくることで、当時はワープロとコピー機を使った手作業です。細かい面倒な仕事ですが、おかげでイベントの運営ノウハウがすっかり身につきました。

「河合が本番を仕切ると、本当にうまくいくなあ」。大手代理店からの評判もよく、仕事は順調だったのですが、問題がひとつ。超ワンマンだった社長にかわいがられながらも少しずつ反発心が芽生え、次第に居づらくなったのです。当時の私は、結婚してすでに2人の子どももいたのですが、3年で退職することになりました。

人間関係が命の仕事環境で学んだこと

新しい仕事を探し始めたものの、いま思えば、この頃が人生のどん底だったように思います。将来的にイベント会社での独立を思い描いたり別の道を探したりと、どちらにしても「これで一生食っていく」という決心がつかない。人から与えられたことは素直にこなしてはいても、自分は何がしたいのかが見えず、生き方がブレまくっている本当にダメな男でした。

それでも仕事を探さなければ、家族を食べさせてはいけません。話し好きな性格は自覚していたので、営業の仕事をしてみようと考え、地元では知られている食品メーカーの面接に臨みました。フリーターの期間が長く、職も転々としているうえに営業経験ゼロ。案の定、一度は不合格となるのですが、ほどなく電話がかかってきました。「まだお決まりでなければ、うちへ来ませんか」「行きます!」。辞退者が出たための繰上げ採用でした。

歴史のあるこの会社は、前職と違い、人間関係が穏やかで、実に居心地がいい。営業でも仕切り屋の本領を大いに発揮。懇意にしていただいていた取引先に「河合、野球やろうよ」と誘われれば、「やります!」と、チームづくりから対戦相手探し、球場予約、審判手配まで手際よく仕切り倒したものです。人間関係が命の仕事環境でしたから、周りを巻き込むのが得意な私は、営業成績もトップクラスでした。

ブラス-河合様

Profile

1966年愛知県生まれ。21歳のとき、友人から結婚式の司会の依頼を受け、人生初の司会者となる。以後会社員として働きながら、友人知人からの依頼を受け司会を続ける。

1998年に独立。司会事務所「有限会社ブラス」を立ち上げる。他会場への派遣の司会としての限界を感じ、2003年、愛知県一宮市の住宅展示場を「ゲストハウス」としてリニューアルし、1号店「ルージュ:ブラン」をオープンさせる。現在は愛知・岐阜・三重・静岡・大阪に18店舗を展開。

Contact

株式会社ブラス

本社所在地:

〒451-0045 愛知県名古屋市西区名駅2丁目34番1号 エコールプラザ名駅ビル4F

TEL:052-571-3322
URL:http://www.brass.ne.jp/

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