ベンチャー・成長企業
特有の組織課題を
問題の本質から解決する

株式会社JAM

水谷 健彦Takehiko Mizutani

代表取締役社長

「働く」の価値観が180度変わった瞬間、自分の人生が明るく見えた

今でこそ「働くこと」そのものに生きがいを見出している水谷。しかし、20代の中頃まではまったく違う考えだったという。東京は文京区生まれ。実家は曽祖父の代から事業を経営しており、比較的裕福な家庭だった。中学から早稲田実業で6年間を過ごし、そのままエスカレーター式に早稲田大学へ。そんな環境もあって中学3年の頃からハードロックに傾倒し、大学4年間は仲間とバンド活動に明け暮れていた。

「当時は金髪に近いくらいに明るい色の長髪で、ギターケースを担いで電車に乗れば、自分の隣には誰も座らない(笑)。それくらい典型的なバンドマンだったので、社会人になるのが嫌で嫌でしょうがなかったんです。朝早く起きて仕事に行っての毎日をこの先何十年も続けるなんて、正直、“就職は人生の墓場”だと思っていました」

とはいえ、働かねば生きてはいけない。そこで水谷は楽器販売の老舗である山野楽器に就職する。ここを選んだのはバンド経験が活かせる業種だったことに加え、家業が楽器関連の事業だったのも理由のひとつ。長男として生まれた水谷は、将来は自分が経営を継ぐのだろうという漠然とした想いもあり、“既定路線”を歩むつもりだったそうだ。

ところが社会人2年目の冬に事件が起きる。父から「経営が傾きかけている」と言われて家業を手伝うことにすると、目の当たりにしたのは商売自体の不振に加えて、社長である父と社員たちとの関係性の不和。なんとか再建しようと奮闘したものの一致団結することも叶わず、水谷が手伝いはじめた4ヶ月後には会社を畳むことになった。

「80年も続いた会社が幕を引く。その裏には、単にビジネスとして上手くいかなかっただけではなく、いろんな問題が潜んでいるんだと思い知らされました。これが原体験となって、人や組織のことに関心を持つようになったんです」

そんな水谷が新たな仕事として選んだのが人材紹介業。リクルートのグループ会社であるリクルート人材センター(現:リクルートキャリア)に転職をしたことが、自分の価値観を180度変えるきっかけになった。

「当時のリクルートは超ハードワークで有名。“仕事は給料をもらうための手段”と考えていた私にとって、終電まで働く会社なんて嫌でしょうがなかったです。けれど、自分がやりたいテーマなんだからと飛び込んでみると、確かにみんな夜中まで働いているんだけど、楽しくやっているんですよ。上司からの命令で働かされるんじゃなくて、自分でお客様のために必要だからと動いている人ばかり。カルチャーショックを受けたのと同時に、自分は何のために働くのかを物凄く考えさせられました」

こうして労働を苦役だと思っていた青年は、仕事への向き合い方を変えていく。仕事が面白いと感じられたら、この先60年くらいの残りの人生も楽しみになってきた。自分が生きている意味、命の価値が変わったような気がしたのだ。

リクルートで企業の採用活動を支援する営業を3年半勤めた水谷は、そこから人事・組織コンサルティング企業であるリンクアンドモチベーションに転じている。その理由も今の水谷に繋がっていることだという。

「せっかく採用できても、入社してすぐに辞めてしまうのは企業にとっても個人にとっても痛手です。退職の理由はもちろん、個人の問題もゼロではないですが、8割くらいは上司のマネジメントなど会社側にあるのが、採用の現場を知る私の感覚。それなら企業や個人を本当の意味で幸せにするには、採用だけじゃなく組織マネジメントも支援せねばと思ったんです。なおかつ、そうした現象はやはり大手企業よりも未整備な環境のベンチャー企業の方が圧倒的に起きやすかった。だからベンチャーが会社としてちゃんと成長していくことを支えたいという想いも自分の仕事の意義として芽生えてきたんです」

同社に在籍していた12年の間、水谷は主に企業の人材育成や組織活性化を手掛けてきた。たとえば誰もが知る大手メーカーの営業組織に対して、営業スタイルを変えるような組織改革を担当。価格交渉こそが営業のすべてだった状態から、商品の価値を伝える提案型の営業スタイルに変えたことで、一人ひとりが自分の仕事に誇りを持つようになり、業界の中でも異質の営業部隊へと進化するきっかけをつくったこともあるそうだ。

Profile

1973年生まれ、東京都出身。95年に早稲田大学卒業後、株式会社山野楽器に入社。97年に株式会社リクルート人材センター(現:リクルートキャリア)に転じ、企業へ人材を紹介する営業を経験。その後、2001年に株式会社リンクアンドモチベーションへ。2003年に事業部門長、2008年に取締役へ就任。同社の中核事業であるコンサルティング/研修事業において主に首都圏の責任者を務める。2013年に株式会社JAMを設立し、現在に至る。

Contact

株式会社JAM

東京都港区南青山3-4-6 AOYAMA346

http://jam-inc.jp/