求職者の目線でカンボジアの人々に仕事を紹介する

Creative Diamond Links Co., Ltd. 代表者 鳴海 貴紀

鳴海 貴紀Takanori Narumi

Creative Diamond Links Co., Ltd.

代表者

2015.06.05

カンボジアにはハローワークがなかった

小学校の卒業文集に、私は「社長になりたい」と書きました。私の父は脱サラして「社長」になり、おかげで家計がいつも火の車でしたが、それでも将来の夢に「社長」を挙げたのは、おそらく父がとても生き生きとしていたからでしょう。

高校は進学校に進みましたが、ここでまったく勉強が好きになれず、受験勉強にも身が入りませんでした。母の勧めで滑り止めのように受けた公務員試験だけは合格しました。だったら大学受験を諦めて、公務員になればいいと思い始めていた時、同じ試験に合格していた小学校以来の友人から連絡があり、試験に合格するだけではだめで、自分で希望する官庁に申し込まなければならないと教えられました。

慌てて探すと、まだ空きがあるのはハローワークくらいでした。当時の私は、仕事を斡旋する機関があることすら知りませんでしたが、それでよく面接で合格したと思います。1990年の春からハローワーク函館で働き始めましたが、それは社長になるという夢からは程遠い選択でした。

ちょうどバブル崩壊の頃で、ハローワークの真価が問われる時でした。仕事を求めてたくさんの方が訪れます。求人が少ない中で、求職者の方のために仕事を探し、働き口を見つけることはとてもやりがいがありました。同時に、お客様の立場になれていない部分が多く、業務の改善を上司に訴えたのですが、まったく話が通りませんでした。本気で変えるなら行政の中枢に行くしかないと思い、私は北海道の中枢である札幌の道庁(現在の北海道労働局)に異動し、その後日本の中枢である東京・霞が関の労働省(現在の厚生労働省)へと異動しました。

しかし本省に入ると、業務の改善はおろか、大きな組織の歯車となるだけの日々でした。ハローワークでは相談に来た方の喜ぶ顔が見られましたが、異動するたび、そうした喜びややりがいからも距離ができてしまいました。毎日のように役所に泊る日が続き、地下鉄のホームから飛び込みそうになるほど精神的に追いつめられた時もありました。北海道にいる間に結婚して子どもも生まれましたが、自ら命を絶つことを最後の最後で選択しなかったのは、守るべき家族の存在があったからです。しかし、いろいろな理由から、最終的に妻とは離婚してしまいました。

北海道出身者は意外と寒さに弱いものです。特に東京の冬は寒い。心身ともに疲弊していた私は、仕事を辞めてどこか暖かいところに行きたいと考えるようになりました。昔からリタイアしたら沖縄か、東南アジアまたはブラジルに住みたいと思っていたので、家族のために公務員であり続ける必要がなくなった今、温暖でエネルギッシュ、そして親日な国という基準でカンボジアを選び、2012年3月に10日間ほど「視察」として行くことにしました。

具体的には何も決めていなかったことが、かえって良かったと思います。カンボジアでこのビジネスをやるんだ、とか決めてかかると自分の思考に余計なバイアスがかかりますから。

アンコールワットで有名なシェムリアップに着いてみると、やはりエネルギッシュな街でした。欧米人が多く、東洋系の人を見かけても中国人か韓国人で、日本人はほとんど見かけません。でも、夜道を歩いていると背後から流暢な日本語で話しかけられました。振り返ってみると、カンボジア人のバイクタクシー運転手でした。それだけ日本語が上手なのに、なぜ日銭を稼ぐような運転手の仕事をしているのかと聞くと、彼は「コネがないから」と答えたのです。せっかくこれだけ高い能力を持っているのにと、私は驚きました。

その頃のカンボジアには求人誌やハローワークのようなものはほとんどなく、人々は街中の壁や柱に貼り付けた紙か、口伝えにより不動産や求人の情報をやりとりするのです。つまりマッチングインフラが整っていないのです。

滞在2日目には場所をプノンペンに移し、その後もずっと人材紹介会社などマッチングインフラについて調べ続けました。人材会社はあっても、スタンダードというものが存在しませんでした。本来、求人者と求職者の双方がお客様であるはずですが、お金を払ってくれる求人者にサービスが偏重していて、求職者がないがしろにされているように思えました。カンボジアの人たちをコネクションがなくても自分の能力やスキルに合った仕事に就けるようにしてあげたい。人材紹介ではなく職業紹介をしたい。そう強く思ったのです。

帰国してすぐに辞表を出しました。国家公務員として22年勤めて、こんなふうに辞めることに周りは驚いたでしょう。でも自分では南国リタイア生活が少し早まっただけだという認識です。

ただ、仕事をするなら語学力が必要になるので、3ヵ月間はフィリピンに語学留学するつもりでした。身辺整理をして5月にカンボジアに戻ると、語学留学している暇はないとすぐに考えを変えました。それくらい、たった2ヵ月間でも街は明らかに発展していたからです。3ヵ月も外に出ているわけにはいきません。仕事は通訳をつければいいと楽観的に考え、すぐに法人登記の手続きを進めました。信用を得るためにプノンペンタワーという家賃の高い高層ビルの中にオフィスを借り、11月頃にようやくお客様から仕事がもらえるようになりました。それでも翌2013年の1月まで赤字続きでした。

最初に苦労したのは「何をやっている会社なのか」を認識してもらうことでした。トライアンドエラーを繰り返し、毎日オペレーションを修正しました。朝から夜中まで働き、とにかく必死です。カンボジア人に適正な仕事を紹介したいという強い想いが、頑張る原動力となり、2月になってようやく黒字に転じました。

この月、私はカンボジア人女性と結婚しました。日本語を話せる女性だと紹介されてから、あっという間に結婚が決まりました。式場でも私がパソコンを持ち込んで仕事をしていたので妻の親族から不評を買いましたが、結婚してからは夜中まで働くようなことはなくなりました。そして、妻を通してカンボジアがより一層身近に感じられるようになりました。

感謝され、親しまれ、愛されるために

カンボジアでは新規事業立ち上げに対する求人が圧倒的に多い。大事な求職者を紹介するのだから、こちらは成功する会社に紹介したいと考える。ところが旅行会社を作るというので紹介したら、その会社が創業してすぐにIT会社に変わってしまうといったことが平気で起きるのがカンボジアです。だからこそ、求職者の目線で職業紹介をしていくという姿勢を大事にしています。

必要にかられて、マーケティングの会社も作りました。そしてこの会社から経営者やコンサルタントのインタビュー、業者の連絡先など情報の詰まったフリーマガジンの発行も始めました。自分が来た時にこういうのがあったらよかった、というような雑誌です。

マーケティング会社にしても雑誌の発行にしても、実現するのはもっと先のことだと思っていました。新興国のスピードは、思ったよりもずっと速いのです。スピード感も敏感に感じ取らなければすぐに置いていかれます。

2015年にASEAN経済共同体も発足し、おそらく人材紹介会社も統合していく傾向になるでしょう。当社も隣国の優秀な人材会社と競合、あるいは合併という将来が待っているかもしれません。

そこで生き残っていくために、私たちはカンボジアで揺るぎないナンバーワンになることを目指しています。そのためにカンボジア経済に密着した事業展開をしています。

会社のモットーは「お客様に感謝され、親しまれ、愛される存在になる」ことです。これを、スタッフには全員暗記させています。フランス人、ドイツ人、中国人のスタッフには、それぞれ母国語に翻訳してあります。

感謝されるだけでは普通の会社です。その後に親しまれ愛されて、そして信頼を勝ち得えてこそナンバーワンの会社になれます。それは一朝一夕には達成できません。

実はこのスローガンは、私が厚生労働省時代に1年だけ地方のハローワークに出向した時、所長が皆に唱えさせたものです。当時そのハローワークは県内ワーストワンでした。民間の発想なら改善できるのではないかと元大手メーカーの支社長が所長として呼ばれ、私は現場との潤滑油的存在となるべく本省から送り込まれたのです。最初は私も大変な思いをしましたが、このスローガンを唱えながら所長は強力なリーダーシップで皆をまとめていきました。そして、なんと1年後にはナンバーワンのハローワークへと変貌させたのです。

私もあの時の所長のように、会社をナンバーワンに押し上げたいと考えています。次のCDLの社長は日本人でなくてもいい。日系のマーケットは小さく、この会社に日本色は不要です。むしろ日本らしさを脱却して、人材という言葉にリンクしたあらゆるサービスを提供する、他に類を見ない会社として成長していきたいと考えています。

鳴海 貴紀

インタビュアーの目線

厚生労働省の官僚という誰もが羨む地位を捨て、あえて発展途上にあるカンボジアで第二の人生を歩み始めた鳴海さん。それから僅わずか3年くらいの間で会社を軌道に乗せ、さらにはカンボジア最大手のテレビ局「CTN」で朝のニュース番組を持つ美人アナウンサーを奥様に迎えるのですから、人生の面白味をつくづく考えさせられるインタビューでした。

書籍「世界を動かすアブローダーズ ~ 日本を飛び出し、海外で活躍するビジネスパーソンたち 」から掲載】


Profile

1971年、北海道生まれ。
厚生労働省出身。会社は首都プノンペン中心地で好アクセス。お客様エリアの広さ・開放感は随一。17,000人以上の豊富な登録者、340社以上の取引先から迅速で適格な紹介が定評。感謝され・親しまれ・愛される存在をモットーに邁進中。ブログ更新中→http://カンボジア人材紹介.com/

Contact

Creative Diamond Links Co., Ltd.

Tous Les Jours Monivong Building, 1F, #298, St.93 (Monivong Blvd.),Boeung Raing,Daun Penh, Phnom Penh, Cambodia
http://cdl-consultant.com/jp/

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