すべての人が
天職を見つけ、
意欲に満ちて働ける
世の中をつくりたい

ルーキーワークス株式会社 代表取締役 中川 高一

ルーキーワークス株式会社

中川 高一 Takahito Nakagawa

代表取締役

2017.11.10

アルバイト・インターン・就職の
マッチングサービス『Rooky』を運営
100社以上の求人媒体、
採用向けのWebページ制作を手がけ、
人と企業の幸せなマッチングを支援

就活生が、本当に自分に合う企業に出会えるよう支援

「新卒入社者のおよそ3割が3年以内に離職している」というデータがある。入社後に「ミスマッチ」が起きて退職することになれば、働く人にとっても会社にとってもダメージが大きい。就活生が会社を選ぶ段階で会社や仕事への理解を深めていれば、こうしたミスマッチはある程度防げるはずだ。

この課題を解決するためのサービスとして、ルーキーワークス株式会社が運営するのが『Rooky(ルーキー)』。アルバイト、インターン、就職など、学生の「働く」にまつわるあらゆるニーズに寄り添い、サポートするサービスだ。学生が希望を送ると、コンサルタントが案件を紹介してくれて、面接を経て就業開始となる。

働いた経験が少ない学生からすると、「この仕事、本当に自分に合っているのかな?」と疑問や不安に思うこともあるだろう。そんなときもコンサルタントが相談に応じてくれる。就職活動では、アルバイトやインターンの経験も踏まえて企業を紹介してもらえるので、より自分に合った企業に出会える可能性も高まる。

『Rooky』にかける思いを、代表取締役の中川高一はこう語る。

「社会や企業のことをよくわからないまま就職活動を始め、安易に決めてしまう学生が非常に多いんです。でも本当は、就職活動のスタート地点で『自分はこれがやりたい』と明確になっていて、さまざまな企業と接した上で、『この会社で長く働きたい』と決断できるのが理想。だから、大学1年生のアルバイト探しからお手伝いして、『もうちょっと世の中を知りたい』と思ったらインターン先を、就職活動が始まったらマッチする可能性の高い企業を…というように、学生のフェーズに合わせて企業を紹介する。そんな風に、長い期間にわたり、一人ひとりと向き合っていけるサービスを作りたかったんです」

ルーキーワークスはもともと企業向けのサービスからスタートした。求人広告代理店業『求人セレクト』では、人材募集を行う企業に対してコンサルティングを行い、求める人材像に応じて100種類以上の求人媒体の中からふさわしい媒体を選んで提案する。

ホームページ採用支援サービス『Visitcoo!』では、中小・ベンチャー企業を対象に、求職者に自社の魅力を効果的にアピールするための採用ページ制作を行っている。

現在はこれらの既存事業を強化しつつ、『Rooky』をさらに充実したサービスに育てることに注力。企業とのチャットやWeb面接機能を備えることで、首都圏はもちろんのこと、地方の学生が大都市圏の企業に応募する際にも活用してもらいたい、と考えている。

ルーキーワークス株式会社 代表取締役 中川 高一

「やりたいことがわからない」――就職活動で悩み抜いた過去

幼少期の中川は体が弱く、人見知りするタイプで前に出るのが好きではなかったという。小学生の頃から野球を始めた。バスケをやりたいと思ったことがあったが、父親の期待に応えたい一心で野球を続け、中学時代にはクラブチームで全国優勝、高校では甲子園出場経験のある強豪校に入った。あまりの練習の厳しさに、辞めたいと思ったことは数えきれないほどあったという。

「楽しいのは2割くらいで、8割はつらかったです。でも、3年間やり抜くと自分で決めた。自分で決めたことに楽しいとか楽しくないとか言っていられない、という考えだったので耐えられました。そして何より、仲間がいるから頑張れたんだと思います」

大学では一転、旅行のサークルに参加。旅行代理店と一緒に旅行を企画したり、運営を手伝ったりした。そのサークル活動で、中川は自身のコミュニケーション能力の低さを痛感した。野球漬けの日々の中、黙々と練習に没頭してきたため、チームメイト以外との付き合いはなく、初対面の人と話したり周りを巻き込んだりすることが苦手だったのだ。

コミュニケーション力が高い先輩について回り、見よう見まねで学び、厳しい指導を受けた。人を集め、自分がやっていることに共感してもらうためにはどう話し、どう巻き込むか。それを追求し、徐々に力をつけていった中川は、加入当初はたった3人だったサークルを、副代表として仲間と共に100人規模にまで育て上げることに成功した。

「サークルをやり切る」と決めていた中川は、就職活動に出遅れ、何も準備せずに始めた。しかし、何がしたいのか、どの会社に行きたいのかわからず、追い詰められた。「人生で一番暗い時期だった」と振り返る。

「僕は小さい頃から『絶対にこれがやりたい』というものがありませんでした。野球もサークルも、人に誘われて始めたことです。誰かに期待されれば、そして良い仲間に囲まれていれば、たとえ嫌なことでも続けられる人間なんです。でも就職活動は、誰かが誘ってくれるわけではなく、自分で道を見つけなくてはいけない。面接相手は本音で話せる人ばかりでもない。大きな壁を感じました。どんなことでもやり切る自信はあったので、正直どんな企業、仕事でもいいと思っていたけれど、『何でもいい』と言ったら『自主性がない』とマイナス評価されてしまう。負のループに陥り、苦しみました」

何社からか内定は得たが、「純粋に自分が好きだと思うことをやろう」と決めた中川は、すべて辞退。多くの人が一体となって盛り上がれるイベントが好きだったため、音楽業界を目指すことにした。100社以上に片っ端から電話をかけて「募集していますか?」とアプローチを続けていると、「面白いやつだ」と、あるインディーズレーベルに拾われた。

中川がそれほどまでに「やりたいこと」を求めたのには、ある理由がある。

中川には、過去に母親が倒れた際、病院をたらい回しにされた経験があった。

「『でかい男にならなければ、守りたい人も守れないんだ』と、そのときに思いました。まだ学生だったので、偉い人といえば社長、という単純な発想で、30歳までに起業すると心に決めたんです。でも、『儲かれば何でもいい』とは思いませんでした。自分が本当にやりたいことでなければ、経営を続けていくことなんてできない、と考えたんです」

しかし、音楽業界では下積みに時間がかかり、30歳までの起業には間に合わないと判断。

別の道を探し始めた。起業の際に絶対に必要となる「営業力」を鍛えようと仕事を探す中で、人材業界に出会った。「自分のように仕事探しで困っている人はたくさんいるはず。仕事探しを手伝う側になれば、自分の天職が見つかるのでは」――そんな期待を抱き、求人広告会社に営業として入社した。

「そこで『営業』という仕事への概念が変わりました。それまでは、営業とは人と話して説得する仕事だと思ってた。でも、相手のためを思って一生懸命考えれば、返ってくるものだと気付き、そこから楽しくなりました。お客様のところへ行って、お客様に喜んでいただいて。毎日ワクワクして楽しかったです」

ルーキーワークス株式会社 代表取締役 中川 高一

Profile

1981年、東京都武蔵野市生まれ。帝京大学卒業。インディーズレーベルでイベント企画・運営を手がけたのち、2004年、ディップ株式会社に入社。営業職で実績を上げ、数々の賞を受賞。その功績が評価され、入社1年9ヵ月のスピードで課長に就任。その後、新規サイト立ち上げの営業責任者を務め、大手・中小企業の業務提携などを実現。2013年11月、現ルーキーワークス会社を設立し、代表取締役に就任。

Contact

ルーキーワークス株式会社

東京都渋谷区東1-27-1 財日ビル2F

http://www.rookyworks.jp/

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