覚悟と責任を伴った決断が人を成長させる。確認はしても、質問はしない

株式会社マーキュリー

陣 隆浩Takahiro Jin

代表取締役

バブル崩壊でどん底に。その末に出会った新ビジネス

当時はバブル経済の真っ只中。親友と一緒に知り合いの不動産会社に入社して6ヵ月で、1億円もの資金を提供してくれるという人と出会い、2人で起業しました。バブルの波に乗って、22歳の頃には社員は100人、赤坂に55億円の自社ビルも買って「人生ってこんなに楽しいんだ!」と有頂天になりました。

そんな矢先、バブルがはじけ、ブラックマンデーの翌日は社内に貼られていた成約の短冊が半分落ちました。22歳の若者に保証人なしで120億円も貸していた銀行は、慌てて社長室に駆け込んでくる。自社ビルも30億円でしか売れない。あっけなく会社はダメになりました。

ぜいたく三昧を続けていた私は「この歳で人生は終わったのか」と思うくらい辛い思いはしましたが、すぐに高級車を手放し、ワンルームマンションに引っ越したのは正解でした。あのまま、ぬくぬく暮らしていたら、きっとゆでガエルになっていたことでしょう。

それから不動産業界でいくつか仕事をした後、29歳の時に今の会社の前身となるIT企業に出会いました。今のサマリと同じようなデータを提供していたのですが、初めて見た時に「こんなすごいシステムがあるのか!」と鳥肌が立ったのを覚えています。社長が知り合いだった縁もあり、そこへ入社したのですが、お客様のためになると思ってする営業はとても楽しかったです。

しかし2年後にあえなく会社は倒産。残ったメンバーとお客様のフォローを始めたのが今の会社の起こりです。お客様にしてみれば、リース契約で導入したシステムが突然使えなくなったうえに、リース料は払い続けなければならないわけです。憤慨するお客様に頭を下げて、「自分たちがデータを更新します」と提案し、納得していただきました。この時の商品のブラッシュアップと営業の強さが、今の圧倒的なシェアの礎になっています。

Profile

1986年明治大学を1年で中退し、不動産会社に入社。その6ヵ月後に親友と2人で起業。一時はバブルの波に乗り業績も急上昇しつつも、バブルがはじけあえなく倒産。1996年に再起を懸け、当社の前身となるIT企業に入社するも2年後に倒産。残ったメンバーと会社を設立、2003年3月株式会社マーキュリーの代表取締役に就任。現在は上場を視野に入れながら、「不動産情報革命」をテーマに不動産業界の常識を覆す新たなサービスを展開し、不動産取引に関わる多くの人の満足を創造するべく邁進している。

Contact

株式会社マーキュリー

東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル43F
http://mcury.jp/