嗜好品としてのバイクに
再び命を吹き込み
「走る喜び」を届ける

株式会社ウエマツ 代表取締役社長 植松 忠雄

植松 忠雄Tadao Uematsu

株式会社ウエマツ

代表取締役社長

2017.01.13

総販売台数1万5000台を誇る
業界No.1絶版車専門店
経営者兼レーサー社長の
「自分に負けない生き方」とは?

絶版車業界No.1の知名度と実績を誇るウエマツ

独特のエンジン音に、味わいのあるボディ、乗るたびに愛着を増すヴィンテージバイクはいつの時代もライダー達を惹きつけてやまない。

絶版バイクといえば、ウエマツ。業界ではその名を知らない人はいないという。ここ10年ほどは業界で圧倒的首位を走り続け、市場価格に影響力を持つ「プライスリーダー」でもある。

株式会社ウエマツは、東京・八王子を拠点とし、現在は沖縄、愛知県岡崎にも店舗を構える絶版バイク専門店だ。1969年から84年くらいまで製造されていた日本製のオートバイを、海外・国内問わず仕入れ、全て直営店にて販売している。

「かっこよさに憧れて、あるいは思い出を追い求めてお店に来られる方が多いですね」と、代表取締役の植松忠雄は言う。

ある30代の若者は、父親が乗っていたバイクと同じ車種を購入したいとやってきた。幼い頃、

バイクの後ろに乗せてもらい、父にしがみついて走った思い出があるからだ。しかし、彼の父親は若くして亡くなった。若者は、父と同じバイクに乗ることで、再び父の大きな背中を感じることができたのだ。

50代の男性は、若い頃、どうしても欲しかった憧れのバイクがあったが、当時はとても買えなかった。しかし、年齢を重ね、孫が生まれた今になってようやく手に入れることができた。30~40年越しで叶った夢に、喜びを噛み締めるお客様も多い。

絶版車にはヴィンテージという魅力だけではなく、乗る人それぞれのドラマが込められているのだ。

ウエマツは長らく業界No.1の座をキープしているが、その強みは「徹底した質の高い整備」と「保証」にある。絶版バイクは既にメーカー生産が終了しているモデルのため、購入しても、修理や保証面がネックとなることが多い。実際、多くの絶版車ディーラーでは、修理対応を外注整備に出すことがほとんどだという。

しかし、ウエマツでは自社の工場にて、整備士達が1台1台、整備から仕上げまで行っている。何十年も前の車両にも保証書を発行しているのは、メカニックに自信があるがゆえのウエマツならではのサービスだ。この整備に対する徹底した姿勢が、日本中のライダーから信頼を集め、支持されている理由である。

ウエマツの強さはそれだけではない。アメリカを中心とした海外市場を含め、仕入れを押さえることにより競合他社の追随を許さなかったのだ。

その結果、ウエマツにしかない絶版バイクを求める客が増え、遠方のライダー向けに創業時から開始している通信販売も好評を博し、ウエマツの名は全国に広がることとなった。現在では国内仕入れにも注力し、ネームバリューだけで買取依頼がくるという。整備士・営業・サービス部隊が一丸となってウエマツのブランド力を支えている。

株式会社ウエマツ 代表取締役社長 植松 忠雄

若くしての成功と失敗、放浪の末に掴んだNo.1

バブル真っ只中の頃、18歳だった植松はアメリカから絶版車を輸入販売する会社を立ち上げた。当時は個人経営だったが、クラッシックカーとも呼ばれる1930年代の車は、バブルに浮かれた東京では面白いほどよく売れ、わずか20歳にして成功者となった。

ところが、若くしての成功に浮かれてしまい、事業に失敗。一文無しになった植松は約2年間、バックパッカーとして世界放浪の旅に出る。

観光ビザで旅をし、お金がなくなると、現地の飲食店等で簡単な手伝いをして、その日の食事をまかなっていた。この経験は植松にとって人を見る目を養い、輸入・仕入れの際のパートナシップ作りにも役立ったという。こうして海外で学びを得て帰国。文字通り、裸一貫から出直すことになった。もともとは絶版車を販売していたが、今度は商材を中古の絶版オートバイに決めた。バイク好きだった父親の影響で、子どもの頃からバイクに親しんでいた植松にとっては、オートバイを扱うことはごく自然なことだったのだ。

とはいえ、当時はインターネットも普及していない時代。中古車の個人売買が一般的であるアメリカからバイクを仕入れるには、現地のトレーダー雑誌から情報を得て、電話をかけて買いに行く手段しかなかった。

そこで植松は、現地のオートバイ好きが集まるクラブのメンバーに声をかけ、アメリカの西から東へと、どんどん現地バイヤーを増やしていった。こうしたバイイングを進めている中、アメリカでは日本向けにバイクを集め、販売する業者が現れてきた。そこで、それぞれの業者に対し「とにかく1番先にオファーしろ」と声をかけ、仕入れを押さえることに集中した。経営状態は自転車操業であったが、1度事業失敗を経験している植松は、薄利多売の手法をとり、無借金を貫いた。

「利益を追求したいとか、大きくなろうとかって考えてなかったですから。とにかく業界で1番になりたかった。仕入れにこだわったのもそう。そして、うちには最初から本当にいいメカニックがいたんです。ちゃんと直さないとだめだ、っていう頑固さがあるおかげで、ウエマツの土台ができたと思います。旧車のバイクに保証をつけたのって、うちが1番最初。これは他では真似できない」

豊富なバイクの台数に加え、「ウエマツのバイクはちゃんと整備してある」という噂が口コミで広がり、やがて植松の目標としていた業界No.1の座を獲得することができたのだ。


Profile

1969年 東京生まれ
1976年 父親の影響で若干8歳からバイクに目覚める
1978年 10歳でTY50にてサンデーレースに初出場 / 以後13年間モトクロスレース漬け
1989年 セラヴィトレーディング,inc(貿易会社)設立
1992年 有限会社ウエマツ(バイクショップ)設立 / オートバイの輸出入を始める
2000年 株式会社ウエマツに社名変更 / 年商5億円を突破
2001年 スーパーN1耐久シリーズに’99,’00クラス2チャンピオンチームRSオガワランサ―で第3戦より出場 / 十勝24時間耐久レースに同チームで出場 / MGFトロフィーエンブレムクラス出場。
2004年 絶版車輸入7000台突破
2013年 沖縄に出店
2016年 愛知県岡崎市に出店

Contact

株式会社ウエマツ

本社:〒192-0024 東京都八王子市宇津木町728-1

株式会社ウエマツホームページ:http://uematsu.co.jp/

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