不動産ビジネスは
クリエイティブ。
アイデアを実現し
人が夢を叶える空間

株式会社スイートハウジング CEO 髙松 秀太

株式会社スイートハウジング

髙松 秀太Shuta Takamatsu

CEO

2017.07.10

成功と失敗を経験し、
たどり着いた「人」のための不動産
「人」と「空間」の縁を結び
型にはまらない発想で
幅広い事業を展開

不動産販売業をベースに、多事業を展開

不動産投資やマンション経営のコンサルティングを主な事業とする株式会社スイートハウジング。髙松秀太は同社のCEOを務める傍ら、飲食店や民泊施設、アパレル、物販ショップの運営など、幅広い事業に携わる事業家だ。

髙松が手がけるそれぞれの事業は、一見、関連性が無いように思えるが、全ては1本の軸でつながっている。それは「不動産=空間」を必要とする業種であることだ。

「僕は不動産が関わる事業以外はやらないと決めています。飲食店や民泊、ショップなどは、場所=不動産がないと始められません。不動産はあらゆる業種に不可欠なんです。それぞれの事業形態にふさわしい空間を提供することで、新しいサービスや商品が形になり、携わる人たちのチャンスが広がっていく。多くの人と出会う中で、共感できる事業プランが出たら、一緒に実現させていきます。それがとても楽しく、ワクワクします」

髙松はM&Aも積極的に行い、「これは」と思った事業には迷いなく参画する。不動産会社での勤務経験で培った営業力を武器に、好立地の物件を大手不動産会社よりも先に確保し、その空間に最適な業種を誘致してきた。駅から近いビルなら居酒屋、落ち着いた中層階の空間ならバー、お洒落な人が集う街ならアパレルといった具合だ。

「こんな事業を興したらどうだろう」「新しいコンセプトの店をやりたい」、優れた事業アイデアを持つ人たちに向け、不動産を提供しているうちに、髙松は幅広い事業に携わるようになったのだ。

好奇心旺盛で、興味のあることはとことん突き詰めるという髙松は、幼少期から「落ち着きのない子ども」だったと振り返る。

小学生の頃は、当時流行していた「ミニ四駆」に熱中。出場したレース大会では、全国1位に輝いた。しかし、トップに上り詰めたことでミニ四駆への情熱を失うと、興味の向くままに野球やバスケットボールなど、さまざまなスポーツに取り組んだ。

学生時代は多くの友人に囲まれ、外に出かけては仲間と未来を語り合って過ごした。この頃から髙松は、「自由な働き方がしたい」と考えるようになり、起業を意識するようになる。自身の父親も一級建築士として工務店を経営し、母親もまた、代々続く飲食店を営む経営者一家に育った髙松にとって、起業を考えるのは自然なことだった。

株式会社スイートハウジング CEO 髙松 秀太

成功者から資産ゼロへ転落。「働き方」を改め、再起を図る

「早く働きたい」と考えていた髙松は、学生生活を終えると、実力で稼げることを期待して建築関係の現場職に就いた。きつい力仕事もこなしたが、日当制であり、どんなに経験を積んでも稼げる額に限界が来るだろうと考え、2年で退職。「頑張った分だけ稼げる業界」を求め、不動産会社の営業に転身する。上下関係の厳しい体育会系の社風に驚きながらも、大きな声を活かして朝礼の挨拶を担当するなど存在感を発揮していった。モデルルームに住み込み、完売するまで3ヵ月間、家に帰れないという状況の中でも、仕事は面白かったという。

仕事を楽しめた理由を、髙松は「縁と運に恵まれていたから」と語る。

ある日の勤務中、路上でミニクーパーがエンストを起こしていた。これは大変だと、髙松は真っ先に車の押し出しに協力した。すると翌日、その運転手がやって来て物件を購入してくれた。またあるときは、耐震偽装事件の影響で担当物件が落書き被害を受けた際、髙松が懸命に落書きを落としていると、『頑張ってるね』とおじさんがかりんとうを差し出してきた。後日、名刺を貰うと、おじさんは会長職を務める地主だった。その翌日には、秘書から電話が入り、マンションの3部屋を買ってくれたという。髙松の日頃の姿勢が、意図せず「応援者」を引き寄せているようだ。

貪欲に成果を追い求め、トップセールスマンとなった髙松は、社内でも「きっかけの髙松」と呼ばれ、アポ数や売り上げで負けなしという快進撃を続けた。

不動産会社の厳しい社風もあり、時間厳守の心構えや、何事にも動じない強い精神力を培った髙松は、資金も貯まった23歳のとき、念願の起業に踏み切った。

地元の友人や会社員時代に知り合った5名の仲間とともに、30坪のオフィスを借り、会社を立ち上げた。「不動産以外の事業をする」と決めてはいたものの、肝心の事業内容はノープラン。暗中模索の時期が続く中、あるとき、メンズ向けのファッション誌が創刊されるという情報を聞きつけた。「ピンときた」髙松は、すぐさまメンズファッションブランドを立ち上げた。自分たちでデザインから製造まで企画し、雑誌社に売り込むと、タイアップ企画やイベントを開催。瞬く間に人気ブランドとなった。

この勢いに乗り、大手ショッピングサイトに出店すると、売上はさらに拡大、5期目には年商10億を達成した。しかし、その一方で、髙松たちは業者に利用されるという苦い経験もした。人気商品をネットオークションに勝手に出品されたり、発注数を操作されて不利益を被ったりと「大人の怖さ」を実感し、世の中の厳しさを学んだという。

損害を受けても、切り替えの早い髙松はそれに執着せず、次のステージを目指す。「儲かっているし、このまま何をやってもいける」と勢いに乗り、投資を始めた。ところが、その投資話は偽のものであり、髙松はあっという間に資産ゼロの状態に追い込まれた。

全てを失い、円形脱毛症になるほど落ち込んでいたときに、救いの手を差し伸べたのが、建築会社に勤める親友だった。現在は社長となったその友人は、何も言わずに2千万円の売掛金を肩代わりし、ふさぎ込む髙松を積極的に外へ連れ出してくれた。

 友人の助けにより、徐々に前向きな気持ちを取り戻していった髙松は、「この恩は仕事で返す」と誓い、友人の会社を手伝うことを決意。日頃から出先でアンテナを張り、業者や管理会社を中心に営業をかけ、内装の仕事を3億円ほど受注。借金を数年で完済した。

この頃、仕事に対するスタンスが変わったという。

「お金を儲けることだけを追い求める働き方をしていると、いずれはお金に苦しめられる。どん底を経験してそれを学びました。人が求めるものや、人に喜ばれる仕事をすれば、儲けは後からついてくる。人との縁を大切にして、人の喜びにつながる仕事をしたい。そう考えるようになったんです」

株式会社スイートハウジング CEO 髙松 秀太

Profile

東京都出身。建築関係の現業職をへて、不動産会社の営業に転身、トップセールスとなる。

23歳で、友人ら5名とともに起業。アパレル事業で年商10億円を達成する。その後、資産ゼロに追い込まれるも、内装業の営業職をへて、2013年、株式会社スイートハウジングを設立。不動産投資、マンション経営のコンサルティングを行う傍ら、幅広く事業を展開する。2017年現在、起業から10年目を迎え、新たな事業展開に意欲を燃やす。同年、株式会社PERFECTROOMを設立。趣味は、街、海、山、川、地球と遊ぶこと。最近はDIYに夢中。

Contact

株式会社スイートハウジング

東京都新宿区西早稲田2-18-20 VORT西早稲田4F

http://sweet-housing.co.jp/

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