アーティストからネット事業に転身、体を張って海外で奮闘。

ベンラックスインターナショナル

村上 繁生Shigeo Murakami

マネージングディレクター

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夢を諦めてシンガポールに渡り、新しい道を開拓

私はシンガポールで「ベストバイワールド」というイーコマースサイトを運営しています。基礎化粧品を中心に扱っており、おかげ様で売り上げは順調に伸びています。現在、いまHOKKAIDO SHOWCASEが扱う商材にとても興味があり、販売の準備を着々と進めているところです。

私は20代の頃、バンドマンとしてプロのアーティストを志していました。あの頃はイカ天ブームもあって、バンドを目指す人間がけっこう多かったんですよね。ところが、ふと将来が心配になり、「もしかしたら別の道もあるのでは?」と考え始めたのです。ところが当時バブルは崩壊し、就職先もままならない状態。普通に就職するのは、とても困難でした。そんな中で、取りあえず語学を身に着けながら、「世界の人たちとコミュニケーションを取るような仕事をしたい」と考えていました。

英語だけではなく、中国語もできるようになれば就職できるだろうと考え、一念発起してシンガポールに渡航しました。ところが、そこでの生活はかなり苦しいものでした。学生VISAビザではちゃんとしたアルバイトもできず、インド人街で時給280円ほどで働いたこともあります。午前中は学校、午後はバイトという生活でした。日本で働きたくても働けない外国人たちからは、「なんでこんなところで働いているのか?」と、変人扱いされました。

働いても働いても、貯金を切り崩していくばかり。就職したくても、社会人経験がないのでできません。そして1997年に仕方なく、たった15ドルで起業をしたのです。「生きるためには何でもする」そんな、せっぱ詰まった思いを抱きながらのスタートでした。そして、自分で自分のビザVISAを発行したのです。何も知らなかったからこそ、何でもできたのかも知れません。