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株式会社ネオキャリア 代表取締役 西澤 亮一

株式会社ネオキャリア

西澤 亮一Ryoichi Nishizawa

代表取締役

2016.09.14

22歳で起業。十数年で売上250億超の企業に成長

「国内で最も成長したベンチャー企業」として1位に選ばれたネオキャリア(※EY JapanJob Creation2015)。2016年時点、6年連続で対前年売上130%以上を達成。売上百億円以上規模の国内上場企業で130%以上を3年連続で実現したのは、現在のところ8社のみだ。

そんな圧倒的成長力を誇るネオキャリアを率いるのが、代表取締役の西澤亮一。西澤が起業したのは22歳のとき。大学卒業後、社会人になってわずか8ヵ月目のことだ。

2000年の創業当時9名だった組織を、国内外のグループ会社16社、連結従業員数1698名(※2016年5月末時点)、売上252億円(2015年度)という規模に拡大させた。しかし、まだまだ道半ばだと言う。

「野球に例えるなら、草野球チームから始めて、甲子園の常連校、甲子園で優勝、アジア大会、世界大会へと進んでいくのが目標。今は、甲子園でベスト4~8まで来たというところでしょうか」

次男なのに「亮一」と名付けられ、幼い頃から「一番にこだわれ」と言われて育った。小学生時代は、かけっこでも空手でも一番。中学ではサッカー部のキャプテンを務めた。中学では勉強を怠り、高校に入って最初のテストの成績が360人中、下から5番目という挫折を味わう。しかし気を取り直して勉強に励み、2年・3年次にはトップになった。「やればできる」という自信が、意識の根底にある。

大学を卒業する頃は就職氷河期。山一證券の廃業が記憶に新しい時期であり、「どんな会社に入っても潰れることはある」と冷静に世間を見ていた。

「20代で『ビジネス筋肉』をとことん付けられる環境で働きたいと思っていました。20代でより大きな仕事、責任ある仕事を経験したかった。金融機関を中心に就職活動をしましたが、結局選んだのはベンチャーキャピタル。若い人にも起業を促す会社だったので、『同世代ビジネスパーソンの中で一番になる』という目標に早く近づけると考えたんです」

倒産の危機、リーマンショックの衝撃を乗り越え…

入社1年目にして、早くも起業のチャンスをつかんだ。人材サービス会社から出資を受けた縁で、人材紹介と採用コンサルティングを行う会社を9人のメンバーで創業。西澤は取締役のポジションに就いた。

「『とりあえず会社をやろう』というノリでスタートした、おままごと集団だった」と、西澤は当時を振り返る。理念も目的もなかった若い組織は、たちまちピンチに陥った。創業から1年数カ月の間に損失が膨らみ、倒産寸前に。代表が退職し、売上の半分以上を稼ぎ出していた西澤に白羽の矢が立った。社長に就任した西澤は、創業メンバー全員の給与支払いを凍結し、出資者や取引先に頭を下げて回ると同時に、営業活動に奔走。1年半後、すべての返済を完了させた。

「当時は自分のためでなく、組織のために頑張っていた。株主に迷惑をかけてはいけない。仲間を路頭に迷わせてはいけない。その一心で本気になれたから、復活できたんです。その後の業績は順調に推移。お客さまに認められること、仲間が増えていくことが、『単純に楽しい』という時期でした」

その数年後、「リーマンショック」という転機が訪れる。人材マーケットが一気に冷え込む中、これから会社をどう運営していくべきかを模索。半年をかけて、自分の考え、この会社が目指すべきものを書き出した。それを全社員に伝えたことで、組織の土台がより固まった。

また、市況の分析も行った結果、人材派遣のニーズは健在で、地方経済は首都圏より下げ幅が小さいことに目を留める。派遣ビジネスに参入し、地方拠点の展開にも乗り出すと、その戦略は的中し、業績は急速に伸びていった。


Profile

1978年生まれ。2000年11月、新卒同期9名で株式会社ネオキャリアを設立。2002年、代表取締役に就任。「人材・ヘルスケア・Web・グローバル」領域にて、世界を代表するサービスカンパニーの実現を目指す。2012年より人材紹介を中心とした海外事業をスタート。国内28拠点、海外8ヵ国11拠点へ展開し、従業員数1300名を超えるグループ企業として成長をし続けている。

Contact

株式会社ネオキャリア

東京都新宿区西新宿1-22-2 新宿サンエービル 2階
http://www.neo-career.co.jp/

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