現地スタッフとのコミュニケーションは対日本人以上に密接に

株式会社クリスク 取締役会長兼Clisk Thailand CEO 中島 奉文

中島 奉文Norifumi Nakajima

株式会社クリスク

取締役会長兼Clisk Thailand CEO

2015.04.26

タイ進出、そして私がタイ専従になったワケ

クリスクは、2005年に私が東京で創業した、SEO対策とメディア事業を二本柱とするウェブマーケティングの会社です。タイに現地法人を設立したのは2010年のこと。2013年にはシンガポールにも拠点を設けました。

タイで事業を始めたきっかけは、ある現地企業の買収を持ちかけられたことでした。買収は見送ったものの、赤字に陥っていたその会社の建て直しを引き受け、毎月1週間程度バンコクに滞在する生活を続けた末、最終的には黒字化することができました。

その後、建て直した会社から再び買収を打診されたのですが、別の形で支援できるよう、クリスクのアウトソーシング先になってもらうことにしました。その際、自分たちもタイに現地法人を設立し、私が自ら社長として赴任することになったわけです。

タイに現地法人を設立するというのは、タイの市場を取りに行くということです。私は海外に拠点があっても、取引先は日系企業ばかりというビジネスには興味がありません。タイの現地企業と取引し、タイのマーケットに対して商品やサービスを提供していきたい。そう思ったうえでの現地法人設立でした。

要は、何もないところから、会社やサービスを立ち上げるのが好きなんですね。実はクリスクを創業する前にも、会社を二つ立ち上げた経験があります。一つは世界中から買い集めたドメインを取引する会社、もう一つはSEO関連の会社です。どちらも会社がある程度大きくなった段階で売却しています。

現地法人の設立も、自分で法律を勉強しながら設立準備を進め、事業プランを練り、従業員を採用していきました。タイでいちばん最初に取り組んだのは、ネット広告のプロモーションやウェブ制作です。このように事業の組み立て段階から自分で手がけるのと、出来上がった事業を誰かに任されるのとでは、商品やサービスへの愛情がまったく違ってくると思うのです。

タイに会社を設立して1年くらい経った頃、私は日本法人とタイ法人の社長職を兼務していたのですが、あるとき、当時の日本法人の副社長が「そろそろ僕に社長をやらせてください」と直訴してくる出来事がありました。スタッフも交えての懇親会の席上のことです。

そのときは、意表をつかれたような思いでしたが、あとからよく考えてみると、国内事業を後進に譲る絶好のタイミングです。しかも社内全体に、「自分から責任あるポジションを取りに行く人間にチャンスを与える会社」というメッセージを投げかけることにもなります。懇親会のわずか2週間後、私は日本法人代表のイスを彼に譲りました。

今でも、我ながら思い切った決断だったと思いますが、中小企業は個の力に頼らない限り成長は望めません。だからスタッフにはチャンスを与えて、伸び伸びとやらせたほうがいい。そして締めるべきところは、トップがまとめていけばいいんです。

また、これまでの自分を振り返ると、自ら事業を立ち上げて、ある程度の規模まで育て上げる〝起業家〞としての経験はあっても、大きくなった組織をマネジメントした経験はないことに気づかされました。その点、現在の日本法人代表にはそれができます。私は事業を立ち上げて育てることに徹し、大きくなった組織のマネジメントはほかのスタッフに任せる。そういうやり方が自分には適していると思うのです。以来、私はタイでの事業に専念することになりました。

タイ人スタッフとのコミュニケーション術

現地のスタッフや取引先とのコミュニケーションは、できる限りタイ語で行うように努めています。初めの1年くらいは英語を使っていたのですが、コツコツと勉強を続けたお陰で、最近では日常会話レベルなら、タイ語でやりとりできるようになりました。

以前、ドメインを扱うビジネスをしていたとき、日本国内のオフィスにもかかわらず、外国人スタッフに囲まれて仕事をしていた時期があります。このとき、ほとんどの外国人スタッフは日本にいながら、日本語を喋ろうとはしませんでした。現地の言葉を知らなければ、その国を理解することもできなければ、溶け込むこともできません。私には不思議でした。そんな原体験もあって、私はタイでビジネスをするなら、タイ語を話せるようになろうと最初から決めていたのです。

タイ語で会話ができると、現地の方との関係の深さが違ってきます。でも、流暢なタイ語よりも、少したどたどしいくらいがちょうどいいですね。あまりこちらのタイ語が流暢だと、相手がタイ人と勘違いして一気にまくし立ててきますから、ビジネスの場面ではやぶ蛇にもなりかねません。また、世間話はタイ語で交わしつつも、重要な商談は誤解を生じさせないために英語で行うというような使い分けも大事です。

社内でも、現地スタッフとのコミュニケーションを工夫することで、職場の風通しに気を遣っています。例えば、設立時に秘書兼経理として採用したタイ人女性がいるのですが、私はこの女性に会社の調整役になってもらおうと考えました。立場上、秘書として私と頻繁に意思疎通を図る必要があるうえ、経理としてスタッフ全員とも密接に関わりを持つ、いわば扇の要のような存在なわけです。

彼女が職場全体を笑顔にしてくれるような明るい性格だったことも幸いして、現地スタッフとは大きな問題もなくここまでやってこられました。転職が当たり前のように繰り返されるタイ社会の中で、今日まで勤め続けてくれている彼女には本当に感謝しています。

それでも、現地スタッフとの軋轢が表面化したことが、一度だけあります。当初、日本人スタッフに現地法人のマネジメントを任せていたのですが、タイ人スタッフの中に溶け込む努力が当人に不足していたせいで、日本人とタイ人のスタッフ間に大きな溝ができてしまったのです。「あの人とはやっていけないから辞める」と不満を言う人が、後を絶ちませんでした。

そのときに私がやったことといえば、従業員一人ひとりとの〝飲みニケーション〞でした。ときにはディスコにも連れ出し、お酒を酌み交わしては一緒に踊って、時間をかけて話し込む日々。そんなベタなコミュニケーションが奏功して、徐々に職場の雰囲気は変わり、社内には一体感が生まれました。現地スタッフとは、日本人同士で働いているとき以上にコミュニケーションを密に図る必要があると思い知らされました。

また、タイ人と接するときには、そのプライドを傷つけないよう、注意することも大切です。例えば、派遣社員に契約の満了を伝えたとすると、「会社をクビになった以上、恥ずかしくてもうここにはいられない」と、契約期間が残っていても、会社に来なくなることがあるくらい、タイ人はプライドが高いものです。だから従業員のミスを指摘するときにも、「君くらいにできる人がどうしたの?珍しいね」というように、相手を褒めながら叱るように心掛けています。

中島 奉文

Profile

1976年福島県生まれ。
デジタルマーケティング会社を経て2005年日本で株式会社クリスクを起業。2010年タイ支社を設立、2012年シンガポール支社設立。デジタルマーケティング事業で起業し、その後メディア事業、サイト構築事業などに拡大。現在では事業企画段階からコンサルタントとして企画を行い、ウェブサイトの構築、効率的な広告運用、ウェブサイト運用と、一連をサービス化している。2013年にはタイ人学生の日本留学をサポートする「J-cafe」をバンコクにオープン。そのほか、海外進出サポート企業である「BizzAct」、システム開発会社「Alleyoop」の取締役を兼任。

Contact

株式会社クリスク

15/1 Soi Suanchareonjai (Ekkamai 12) Sukhumvit 63 Road,Wattana, Bangkok 10110, Thailand
EMAIL : info@clisk.com
URL : http://www.clisk.co.th

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