愛情を持って負荷をかけてくれる環境

株式会社イデアル 代表取締役 薄葉 直也

薄葉 直也Naoya Usuba

株式会社イデアル

代表取締役

2015.04.01

先が見えなかったフリーター時代

子どもの頃からサッカー小僧。高校はスポーツ推薦で帝京高校に入学して、3年間サッカー漬けの日々を過ごしていました。勉強を一切しなった報いで、大学進学を断念。高卒のフリーターとしてフラフラしていました。働かなきゃいけないけど、働きたくない。現実逃避するように毎日遊び倒していました。世の中に対してかなり卑屈になっていましたね。当時大流行していた「ノストラダムスの大予言」では、「1999年7月に人類は滅亡する」といわれていたのですが、私は「それも有りかな」と思っていました(笑)。

当然ながら予言通りにはならずに済み、大学3年生になった友人たちは、粛々と就活を始めていきます。それを見て、さすがに「そろそろちゃんと働かなくては」と思うようになりました。

初めての会社は超過酷な営業会社

高卒のフリーターを雇う会社なんてあるわけがないと、半ばあきらめ気分である会社説明会に参加したところ、最初に入ったブースで、いきなり採用されてしまいました。

これには自分でも驚きましたが、後に、この会社がほぼ面接者全員を採用していたことを知ります。来る者は拒まず、私のような経歴の人間でも採用してくれる。案の定、入社してみれば、とにかく厳しい会社でした。仕事は不動産の飛び込み営業で、とにかく成果を求められる。成果が出なければ上司からは叱責と罵倒の嵐です。

入社1カ月後には、30人いた私の同期はわずか3人に。上司からは「おまえらの代は優秀だ。3人も残ったんだから」といわれる始末ですから、どんな職場環境かは、想像がつくでしょう。

ろくに新人を教育することもせず、とにかく営業に出させて成果を求める、まともな人間ならば、辞めて当然の環境。残るのは、よっぽど意識が高い奴か、ただの馬鹿です。私はといえば、完全に後者、しかも「世間知らずのバカ」だったと思います。まず、そもそも一般的な社会経験に乏しかったうえに、ほかの会社について考えることもしなかったので、ただ「社会って厳しいんだな」と受け止めていました。厳しいことで知られる帝京サッカー部で3年間鍛えられて、ほかの人よりもストレス耐性が身についていたこともあるかもしれませんね。サッカー同様、厳しい環境だったからこそ、途中で逃げ出さずに続けたことで、次第に自分でも成長を実感できるようになりました。

入社して4カ月が経ち、実際に成果が出るようになってきた頃、社内が分裂する事態が起こりました。結局、社長と袂を分かった専務が独立することになり、なぜか末席にいた私も新会社に移ることに。1999年9月に入社し、新会社への移籍は2000年1月。わずか5カ月の間に、私の社会人人生は、怒涛のごとく変転したのでした。


Profile

1978年埼玉県生まれ。
1997年帝京高校卒業。高校在学中はサッカー部に所属。卒業後2年間の充電期間を経て1999年不動産会社へ就職。店舗仲介業務に従事し、仕事に目覚める。2000年に不動産ベンチャー企業設立に参加。2003年に同社が上場し、2004年取締役に就任。当時の東証上場企業最年少役員となる。2007年株式会社イデアル設立、代表取締役に就任。「ideal」の社名の通り、理想の会社の実現へ向け日々、奮闘中。

Contact

株式会社イデアル

〒151-0053
東京都渋谷区代々木2-4-9 NOF新宿南口ビル2階
03-5785-1701
http://www.ideal-h.co.jp/

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