できない理由よりも、できそうなことを考える
株式会社ユーグレナ 代表取締役社長 出雲 充

株式会社ユーグレナ

出雲 充Mitsuru Izumo

代表取締役社長

2015.10.05

ミドリムシとの衝撃的な出会い

17年前、大学一年生だった私は、貧困層向けの事業資金の融資を行っているグラミン銀行のインターンとして、バングラデシュを訪れました。

特に不自由なく育った私にとって、貧困や飢餓に苦しむ人が存在することは誰かが「解決しなくてはならないこと」でした。そのために自分ができることがあれば、人生を賭けてみたいと思っていたのです。ですから、世界最貧国の一つである同地において、どのような支援活動が行われているかを間近で見られることに大きな期待を抱いていました。

しかし、私は予想とまったく違う現状を目の当たりにしました。貧困層は食うや食わずの暮らしをしているのだろうと思っていたのですが、米と豆は大量にあり、価格も安く、最高級のスーパーでも米が1キロ40円くらい。食べることにはまったく困っていませんでした。問題なのは、米と豆しかないことだったのです。

よくカレーをかけて米を食べるのですが、野菜も肉も入っていないため、満腹にはなりますが栄養失調で抵抗力が弱くなります。風邪を引くとなかなか治りませんし、感染症にもかかりやすくなる。彼らに必要なのは「食糧」ではなく「栄養」でした。

その衝撃的な現実を見てから、私の目標は次第に「飢餓に苦しむ人を救うこと」から、「飢えに苦しむ人に栄養素を届けること」に変化していきました。

その後、私は入学した文学部から農学部へと転部し、専門的な知識を学びました。その中で考えていたのが、「どこかに仙豆のような食べ物はないか」ということでした。「仙豆」とは、漫画『ドラゴンボール』に登場する食べ物で、1粒で10日間は食べなくても済み、傷ついた体もあっという間に快復する魔法の豆です。

しかし、そんな食べ物はそうそう見つかりません。誰彼かまわず「仙豆のような食べ物を知らないか」と聞いていましたが、人間に必要な栄養素を満たせる食べ物にはまったく出会えませんでした。そして諦めかけた頃、後輩に何気なく仙豆の話をしたところ、こんな答えが返ってきました。

「ミドリムシならそれに近いんじゃないですか? 植物と動物の間の生き物ですから」

あの時の衝撃は今も忘れられません。私は狂喜乱舞しましたが、後輩はさらに驚くべき情報を教えてくれました。なんとミドリムシを食用に使う取り組みは、10年以上も前から日本に存在していたのです。しかも、ミドリムシは温暖化の原因である二酸化炭素を吸収するほか、光合成によって得たエネルギーを燃料にも転嫁できるとのことでした。

まさに地球の問題を一気に解決できるような夢の存在。それがミドリムシ(学名ユーグレナ)でした。しかし、それもすべては「培養できたら」という条件つきでした。ミドリムシは、量産が非常に難しい生き物だったのです。

21歳になっていた私は、その時に天命を知りました。「ほぼ絶対に不可能」と言われるミドリムシの培養を成功させる。大学の先生から「10年は覚悟した方がいい」と言われていましたので、成功するのは31歳として、次に事業を軌道に乗せるにはそれから数年はかかるでしょう。そこで「35歳で、ミドリムシとともに立つ」と決めたのです。

お手本は『こち亀』の両さん

そして今年、私は35歳になりました。2005年に当社を起業し、同年の暮れにミドリムシの大量培養に成功。健康食品や化粧品などに活かし、事業化しています。3年前に上場し、昨年には東証一部に市場変更しました。

この結果だけを聞くと、順風満帆だったように聞こえるかもしれませんが、もちろんそんなことはありません。起業した翌年、ライブドア事件が起きたことで、当社は絶体絶命の窮地に立たされました。当時、ライブドア社長だった堀江貴文氏は、多くのベンチャー企業に出資しており、当社もその資金等をもとに設立し、オフィスも同社に間借りさせてもらっていました。

そこに起きたライブドア事件。関連会社と見なされた当社は、あっという間にほぼすべての取引先を失いました。もはやミドリムシ製品の事業化は困難となり、当社の解散は不可避と誰もが思っていました。そのような状況に私もこのままでやっていけるかどうかと、ひたすら悩みました。

そして1ヶ月後、私は自費でライブドアの出資分を買取り、独立して再スタートする道を選びました。大量培養の成功には、協力してくれた数多くの人たちの思いが込められています。的外れな要因で、それを裏切るわけにはいきませんでした。

実は当初、独立すればまた取引先は現れるだろうと高を括っていたのですが、一度失った信用はなかなか回復しませんでした。私たちは新たな取引先を求めてひたすら営業活動に打ち込み、それから3年間、約500社以上への営業活動が続きました。

当時も今も、私がお手本にしている人がいます。漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公、両津勘吉巡査(両さん)です。同作は単行本で195巻も続いていますが、彼がやりたいことを諦めたことは一度もありません。金がないから、学がないから、コネがないから。そんな弱音を絶対に吐かない。金がないなら警察官のかたわら、内職してでも資金をためて実現してしまいます。私は学生時代、シリコンバレーの起業家たちと交流した過去があるのですが、彼らは両さんにとてもよく似ていました。シリコンバレーがすごいのではなく、彼らがすごいのです。

両さんと彼らに共通しているのは、考え方の傾きが上向きなことです。つまり、何か不測の事態が起きてもポジティブで、できそうなことから考えます。一方、傾きが下向きだと、どんどん沈み込んでいってしまう。この違いが大きいのです。

たとえば、いま学生の人もいると思いますが、「学生だから」「前例がない」と考えていたら何もできません。「学生かどうかは関係ない」「前例をつくる」という上向きの意識を持つことがとても大切です。

そうは言っても、信念や意志が強くないとダメだろうと考える人もいるでしょう。しかし、別に数値化できるわけでもなし、信念の強弱など比べようがありません。意志についても、私は夏休みの日記を書けたためしがないくらい弱い人間です。

それでも一つのことを続けられたのは、アンカー(錨)を作ったからでしょう。これは心理学で、自分がやっている活動・物事の目的や目標を思い出させてくれるもののことです。私にとってそれは、バングラデシュで買ったTシャツでした。営業活動で大変な時期、毎朝スーツに着替える時にそれを見て「栄養失調を何とかしなきゃ」と奮い立たせます。一件も話を聞いてもらえず帰宅した時、もし何もなかったら「もうやめよう」と思っていたはずですが、またTシャツを見て「明日、もう一日だけやってみよう」と気を取り直す。その繰り返しで乗り切りました。

心の底から尊敬している人からもらった手紙や写真、お守りなど何でも構いません。絶対的なアンカーがあれば、皆さんもきっとやり遂げられるはずです。

出雲 充

Profile

1980年、広島県生まれ。
2002年、東京大学農学部農業構造経営学専修卒業、同年株式会社東京三菱銀行に入行。
2005年、株式会社ユーグレナの代表取締役社長に就任。
趣味は音楽鑑賞と読書。特技はピアノ演奏。座右の銘は「昨日の不可能を今日可能にする」。

Contact

株式会社ユーグレナ

東京都港区芝5-33-1
http://euglena.jp/

関連書籍

書籍
「これから働くならこの会社でしょ」

働くって、こんなにおもしろいことだったんだ。就活、転職、起業のヒントがきっと見つかる!
斬新な発想が光るベンチャー企業25社トップからの熱いメッセージ集。

ご購入はこちら

週間アクセスランキング