フィリピンは女性が活き活きと働ける国

Teradatrust Advisory, Inc. 代表取締役 寺田 未来

寺田 未来Miki Terada

Teradatrust Advisory, Inc.

代表取締役

2015.04.24

もう一度英語圏の国でチャレンジがしたい

私が日本を離れ、フィリピンのマニラで働くことになったのは、ある偶然の再会がきっかけでした。

2008年、私はそれまで勤めていた銀行を辞めて、米国公認会計士(USCPA)の資格試験の勉強に専念することにしました。勉強に専念できる環境を求めて、東京から千葉県の九十九里浜に移住。勉強に疲れたら、気分転換に趣味のサーフィンを楽しみ、また勉強に戻るといった毎日を送っていました。

USCPAを取ろうと思ったのは、いずれは英語圏で働きたいという気持ちがあったからです。私は生後2ヵ月から2歳までと、小学校2年生から4年生までの間、親の仕事の関係でアメリカのオハイオ州に住んでいました。また高校時代にも1年間ほどボストンに留学しました。けれども留学中はアメリカ人の生徒たちの中でうまく自己主張することができず、不完全燃焼に終わったという悔いがありました。だから「もう一度英語圏の国でチャレンジがしたい」という思いを抱いていたのです。

USCPAの勉強を始めて3〜4ヵ月の頃、資格取得に必要な4科目のうち2科目に合格することができたのですが、銀行時代の先輩に再会したのはそんなときでした。

今では銀行を辞めて「SCS Global」という会計事務所のマニラ事務所で働いているという先輩は、私がUSCPAの資格取得を目指していると話すと、「あなたみたいな人で、マニラで働ける人を探しているんだ」と言われました。

先輩によれば、フィリピンも英語圏であるとのこと。でも、私がイメージしていた英語圏の国といえば、何といってもアメリカであり、イギリスやオーストラリアです。そもそも私はフィリピンがどんな国なのかさえ、よく知りませんでした。それでも先輩からのせっかくのお声掛けです。まずは一度行ってみようと思いました。

首都のマニラは、私が想像していたバラック小屋が立ち並ぶような街並みのイメージを大きく裏切り、特にSCSのオフィスがある一角は、まるで東京の丸の内のように、最先端のビルが立ち並んでいました。常夏のフィリピンなら大好きなサーフィンも1年中楽しめそうです。USCPAの資格を取ったあとの就職先が決まっているわけでもありません。「それならここで働いてみようかな」という気持ちから、フィリピン行きが決まりました。

企業経営の「入口」と「出口」の両方を経験

私がフィリピンに移住することを決めたとき、何人もの知人から「そんな危ないところに行くのはやめたほうがいい」と引き留められました。フィリピンというと「治安が悪い」「怖い」というイメージを抱いている人が多いですよね。

私がフィリピンに住み始めてから今年で6年目になりますが、実際に危険な目に遭ったことはこれまで一度もありません。これは駐在員の方が口を揃えておっしゃることですが、フィリピンで事件に巻き込まれるのは、圧倒的に旅行者が多いのです。現地の人でも敬遠する繁華街の危険区域へ無防備に迷い込んで、事件の被害者になってしまうようです。けれども、そうした場所を避けて普通に生活するぶんには、家ではメイドさん、移動中はドライバーさんが守ってくれるなど、安心なうえに、日本では考えられないくらい快適に暮らすことができます。これは私自身も、住んでみて初めて知ったフィリピンの一面でした。

私がマニラで働き始めた2009年1月は、ちょうどリーマンショックのあとで、日系企業が相次いでフィリピンからの撤退を進めていた時期でした。当然、私の仕事も撤退をする際の手続きについてのコンサルティングが中心です。撤退準備期間中でも帳簿付けなどの作業は発生しますから、そうした会計業務に従事していました。

ところが2010年6月に大統領がアロヨ氏からアキノ氏に替わった頃から、経済が一気に反転。それまで会社にかかってくる電話といえば、撤退を考えているお客様からの問い合わせばかりだったのが、急にフィリピンへの進出に関する相談が増え始めたのです。

そうなると仕事も、撤退サポートから進出サポートへ、180度方向転換。フィリピンで新たに会社を設立する際には、どんな法律に注意しながらどのような手順で準備を進めなくてはいけないのか、私は社内の人間や現地のパートナー企業の方などに話を聞きながら、知識やノウハウを吸収していきました。

こうして私はフィリピンで会社を設立するという「入口」についてのノウハウと、フィリピンから会社を撤退させるときの「出口」についてのノウハウの両方を会得しました。渦中にいるときは大変でしたが、振り返ればとてもよい経験をさせてもらったのです。

寺田 未来

Profile

1982年愛知県生まれ。
父親の転勤に伴い、生後2ヵ月でアメリカ・オハイオ州へ渡り、2歳までを過ごす。帰国後は、岐阜県、千葉県、埼玉県と父親の転勤に伴い移動し、小学校2年生で再度渡米し2年間滞在。帰国後は、都内の私立女子校で中学、高校時代を過ごし、うち1年間を交換留学生としてボストンで過ごす。高校卒業後は青山学院大学文学部英米文学科へ入学。2004年卒業、同年東京三菱銀行(当時)へ総合職として入行。2007年2月に退職し、アパレル系コンサルティング会社で約1年間勤務後、米国公認会計士試験に専念するため、千葉県九十九里浜に単身移住。2科目合格した時点で、在フィリピン日系コンサルティング会社SCS Global Business Solutions Inc.に入所が決まり、2009年1月より渡比し、日系企業向けの会計・税務を中心としたコンサルティング業務に従事。2012年2月に同所を退所し、Teradatrust Advisory Inc.を設立し現在に至る。

Contact

Teradatrust Advisory, Inc.

Unit 203, Liberty Plaza Building, 102 HV Dela Costa St., Salcedo Village, Makati City, Philippines
EMAIL : info@teradatrust.com
URL : http://teradatrust.com

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