女性が働き続けられる「ファンづくり」という仕事
株式会社ウィル・ビー 代表取締役 冨樫 美穂

株式会社ウィル・ビー

冨樫 美穂Miho Togashi

代表取締役

2015.10.06

働くことを楽しんでいた末に出会った不動産業

今でこそ、悩みなんてひとつもないように見られがちな私ですが、小さい頃は引っ込み思案な子どもだったんです。それが今のようなオープンな性格へと変わっていったのは、思い返せば「働くこと」がきっかけだったように思います。

高校の頃から地元のおそば屋さんとお好み焼き屋さんとコンビニを掛け持ちするくらい、アルバイトに明け暮れていたのですが、短大に入って化粧品会社や携帯電話会社のテレアポなどをやり始めると、インセンティブも貰えちゃって…。

頑張れば頑張るほど時給やインセンティブも上がっていくから働くことが面白くなる一方だし、時には褒められたり、飲食店では看板娘なんて言われて重宝がられたり、それは楽しいアルバイト三昧の毎日でした。

当時はお金を稼いではハワイ旅行に行くという暮らしを謳歌していたので、短大の2年間はあっという間に過ぎていきました。卒業が近づいても就職活動すらしていない私を心配した友人が、ある会社を紹介してくれたのをきっかけに、携帯電話の通信販売という仕事に出会うことになります。

最初はアルバイトとして時給で働いていたのですが、卒業すると社員として月給で働くように会社から言われました。でも月給となると、どう考えてもアルバイトの時給に比べて大幅に手取りが減ってしまいます。仕方がないので「じゃあ私、1人でやるので部屋を貸してください」と言って、その会社の1室で個人事業として始めることにしたんです。まだ卒業から2ヶ月、弱冠20歳。これが起業のきっかけでした。

経営ノウハウなどありませんでしたが、時代の追い風もあって、事業はすぐに軌道に乗りました。携帯電話はどんどん売れるし、自分の名刺を持てたり、接待をされたりと、仕事ごっこみたいでそれは楽しかったですね。取り込み詐欺に騙される憂き目も経験しながらも、事業はとんとん拍子に伸び続け、年商は7億円程度にまでなりました。

携帯電話を右から左に流して利ざやを稼ぐビジネスは、言ってしまえば楽にお金は貯まるし、自由な時間もありました。そうするとあまりに暇過ぎて、ビジョンも何もなく始めてしまった自分が、一体何をしているのか、わからなくなりました。悩んだ挙句に、自分は経営者でありながら、経営について無知であったと省み、勢い余って青山学院大学の経営学部に編入してみたこともあります。

とはいえ、すでに経営者としての現場経験のある私には、座学は退屈極まりありません。その頃の私は進むべき道を完全に見失っていたのでしょう。ある時、取引先の社長から「現場で学べ!」と叱咤されて目が覚め、新しいビジネスを探し始めたところ、不動産会社の知り合いから「不動産が向いているのでは」と勧められました。

不動産屋と聞くと怖いイメージもありましたが、携帯電話事業の将来性に不安もあり、不動産屋の2代目という男性との出会いをきっかけに、携帯電話のオフィスを二分して立ち上げたのがウィル・ビーでした。24歳の時です。

不動産業とはお客様と一生お付き合いできる仕事

当社は現在、渋谷区・世田谷区・目黒区を中心にした不動産仲介・売買業を営んでいます。設立から現在に至るまでには、やはりいろいろな苦労や経験がありました。

なにしろ不動産業界の知識がまったくありませんでしたので、給与制度も分かりません。不動産業界出身の創業メンバーからこの業界はほとんどが歩合制であることを教わり、かなり高めの歩合で人材を募集したところ、各業界の強者たちが集まってきました。

熱気を帯びた職場は、それはそれで楽しかったのですが、彼らのやり方は歩合給を取ることに熱心で、時には自分の手取りが増えるようにお客様を誘導してしまうことも出てきます。

お客様をだますような拝金主義では会社がだめになる…。ちょうど新卒を採用し始めた時期だったこともあり、私は思い切って会社の方針を改め、歩合制を完全に廃止しました。当然それまでの社員は反発し、ほぼ全員が辞めていきます。結果として、業績は一気に赤字に転落しましたが、新人たちと再スタートを切った私は、清々しい気持ちでした。

自分の損得を考えず、ひたむきに頑張る社員たち。お客様はきちんとその姿を評価してくれます。爆発的な売上にはならなくても、堅実な対応が口コミでいい評判となって広がり、次第に業績も回復してきました。不器用でも、真摯に仕事に向き合っていれば、結果は必ず出るのだと実感しました。

仕事をする目的には大きく、お金を稼ぐこと、自分が成長することの二つがあると思いますが、当社は後者にこだわり、評価・教育制度を整備しています。ここでスキルアップしたら、不動産以外のどんな業界でも活躍ができる力を身に付けて貰いたいのです。

私が持続的な成長にこだわる背景には「お客様と一生お付き合いする」という思いがあります。不動産屋さんといえば、一攫千金を狙う若手営業マンを抱えているところと、高齢になっても頑張っているお婆ちゃんが家族経営しているところに二分されるのですが、当社はその中間を狙いたい。20代の子もいれば、30代から50代くらいまで、生涯をかけてお客様の担当を続けているスタッフもいるような会社です。

今でも当社には10年以上勤務している社員がいて、何年も前に担当したお客様が、今度はお子様を連れてきてくれるといった嬉しい光景も見られます。何しろ年間に1人で300人近いお客様を担当する仕事ですから、10年勤務すればのべ3000人もの?がりや信頼を築くことになるわけです。

また、戦後70年の日本には、まだ築100年超の物件はそう多くはありませんが、建物の耐久年数からすればゆうにそれくらい持つわけです。命の次に大切ともいえる不動産を何十年、百年とお預かりする仕事である以上、継続することが大事なのです。

これからの時代、私たちも先達の方々以上に長生きするでしょう。自分の人生と仕事を両立させながら70歳になっても働いていられる仕事って、楽しい! そう思える人たちが集まる会社がウィル・ビーでありたいと思います。

冨樫 美穂

Profile

1976年、山形県生まれ。短大卒業後、携帯電話の卸売にて個人創業し、翌年に法人化。
2000年9月株式会社ウィル・ビー設立。現在は、池尻大橋と代官山にて3店舗を展開。
女性ならではの視点で、お客様と一生涯のおつきあいができる地域密着型の不動産会社を目指している。
長男・長女を持つ二児の母として、これからの女性の働き方を体現中。

Contact

株式会社ウィル・ビー

東京都目黒区東山2-3-2 COM’S FORUM6階
http://www.will-be.co.jp/

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