ベンチャーとはイノベーションと 笑顔の循環を生み続けるもの

GMOインターネット株式会社

熊谷 正寿Masatoshi Kumagai

代表取締役会長兼社長・グループ代表

夢を書き綴ってみたら気持ちがスーッと楽になった

振り返ってみると、いまの私があるのは夢があったからなのだとつくづく思います。高校を2年で中退して、18歳で父の経営する会社へ入り、20歳で結婚。21歳のときには子どもも生まれ、この頃の私は朝から晩まで働きながら放送大学で学ぶなど、夫、父親、学生、社会人の「一人四役」をこなしていました。一方、大学生になった友人たちは遊びやバイトに楽しそうに飛び回っている。私は父の後継者でありながら、「給料は一番安く、誰よりも長く働く」という家訓により、経済的にはとても厳しかったこともあって、友人たちを羨うらやみ、気分はいつも暗く落ち込みがちでした。

そんなとき、ふと、将来なりたい自分の姿や、一生涯を通じてやりたいこと、夢や願望などを思いつくままにメモ帳に書き綴ってみたんです。そうしたら、気持ちがスーッと楽になった。気が付けばこの作業に熱中し、繰り返すうちに、「いまはこうだけど、将来は必ずこうなる!」という強い意志が湧き上がってくるようになりました。

いつしか夢や目標が数百にもなり「夢のリスト」ができていました。中でも仕事の分野でいえば「何かの分野で圧倒的ナンバーワンの実業家になる」「35歳で上場する」という明確な夢も生まれました。そこで今度はこの夢を実現するため、いつ何をやるのかという「未来年表」を作りました。人生の設計図ともいうべき年表には、35歳のゴールから逆算した15年分につき1年単位の具体的なスケジュールを明記。私は書き出した夢に優先順位をつけ、6分野に夢を配置した「夢ピラミッド」と、未来年表をいつも持ち歩き、気持ちを奮い立たせ、夢の実現のためにがむしゃらに働き、独立に備えて貯蓄しました。

そして91年5月、28歳で起業。その後、インターネットと巡り合って95年にプロバイダー事業へ進出し、99年に独立系インターネットベンチャーとしては、国内初のJASDAQ上場を果たしました。夢の期限より1カ月遅れて、36歳と1カ月のことでした。新興市場がなかった当時は、設立10年以内に上場できる確率は1000万分の17だったそうです。私にそれができたのは、夢を持って、それを周りの仲間たちに語り、夢を共有したからだと思っています。夢を持つことと生涯かけてやりたいことをはっきりさせることが、とても大切なのです。

Profile

1963年長野県生まれ。
東証一部上場のGMOインターネットを中心に上場6社やGMOクリック証券などを含むグループ71社、スタッフ約3777名を率いる。(2013年11月末時点)「すべての人にインターネット」を合言葉に日本を代表する総合インターネットグループを目指し、Webインフラ・EC事業、インターネットメディア事業、インターネット証券事業、ソーシャル・スマートフォン関連事業を展開。主な受賞歴に、2000年日経ベンチャー「99年ベンチャーオブザイヤー」(新規公開部門2位)、2005年米国ニューズウィーク社「Super CEOs(世界の革新的な経営者10人)」、2013年第38回経済界大賞「優秀経営者賞」などがある。著書に『一冊の手帳で夢は必ずかなう』(かんき出版)、『20代で始める「夢設計図」』(大和書房)など。

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