泣けるような仕事を したことがあるか

株式会社サーキュレーション

久保田 雅俊Masatoshi Kubota

代表取締役

経営者の父が倒れる。事業継承ができない悔しさ

俗にいう苦学生という立場になり、とにかく稼がなければならない。

そんな時に、ハンドキャリーというサービスに出会いました。海外の生産工場で急に部品が不足した場合に、必要な物資を手に飛行機に乗り、迅速に届ける仕事です。

月に2、3回は海外に飛び、様々な人との出会いを楽しめるようになりました。そして、一番の大きな変化は、お金に余裕が出てきたことでした。好きなバイクに乗り、仕事に出かける時はスーツを着る。自由な一人暮らしの大学生活でした。

しかし、順調と思えた時、状況が一変する出来事が起こりました。それは、父が階段から落ちて脳に大けがをし、意識不明になったという連絡でした。

父は1ヶ月近く目を覚まさないという重傷でした。容態と共に心配だったのは、会社経営でした。すべてを父が一人で取り仕切ってきた会社です。通帳や契約書がどこにあるのかも分かりませんでした。誰かに借金をしているのか、どこかに資産があるのか、そういったことも見当もつきませんでした。私は当時まだ21歳、学習塾の事業継承などできるはずがありません。20人ほどいた講師たちは、父の復帰が難しいと分かると次々と去っていきました。これはもう一家離散か、と本気で思いました。

それでも帳簿を整理し、塾の終息までの道筋を作ったり、家族の今後の生活について検討したり、一つひとつ処理をしていきました。そして、母と弟と妹の3人が暮らしていく目処が立ちました。母からは「あなたは大学を卒業して大丈夫だから」と言われました。

私は、新しい暮らしを始めました。週1、2日は病院に泊まり、父のリハビリに付き合いました。その翌日からハンドキャリーの仕事で上海やベトナムへ飛び現地で1泊、帰国後は大学の講義に出ます。工学部なので課題が多く、移動中はずっとノートパソコンにプログラムを打ち込んでいました。

忙しくても、充実していました。父が倒れた瞬間から3ヶ月間、何もかもが真っ白に思え、行き先を見失っていました。だからこそ少しずつでも前を向いて動けていることが幸せだったのです。苦しかったですが、どうにもならない問題が人生では起きると学びました。

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Profile

1982年静岡県生まれ。
大学時代に学生ベンチャーを立ち上げた後、2005年株式会社インテリジェンスに入社。一貫して企業の人事戦略支援、中途採用支援に携わり、IT、金融業界のトップアドバイザーとして活躍。150社の採用アドバイザーを務め、300人以上の転職サポートを3年間で実施。最年少でマネージャー、ゼネラルマネージャーに就任。2010年に自ら起案し、社内ファンドより初の投資を受け、社長に就任。2年半で社員数40人まで事業を拡大。2014年独立し、 株式会社サーキュレーションを設立。企業の経営課題、外部人材(シニアエグゼクティブ、ミドルプロフェッショナル)の経験や知見、人脈をマッチングするサービスを提供。

Contact

株式会社サーキュレーション

東京都渋谷区神宮前3-21-5 サーキュレーションビル

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