「デジタルデータソリュー
ションカンパニー」として
世界ナンバーワンへ

デジタルデータソリューション株式会社

熊谷 聖司Masashi Kumagai

代表取締役社長

多大な負債を抱えた会社を引き受け、1年で再建を果たす

学生時代は野球に熱中していたという熊谷。「社会の役に立つ仕事がしたい」と土木の専門学校に進み、設計事務所に就職した。しかし、世の中にはIT企業が台頭。同年代社長が活躍する姿をテレビで目にし憧れを抱き、24歳のときIT・通信会社に転職する。

電話回線の営業として働き始めると、入社1ヵ月目でトップの業績を挙げた。

「僕は子どもの頃からビビりなんです。周囲からは自信家に見えると言われますが、実は臆病で神経質。でも、それが営業活動では功を奏したんです。自分からガンガン話すことはできないけれど、常に相手の様子を観察するため、心の動きが読み取れる。相手の気持ちをつかんで提案できるというわけです。今も、人と接するときは『何を求めているのか』を常に考えながら対話していますね」

営業として好スタートを切ったが、3ヵ月目で会社が倒産。その会社のトップセールス10数名が集まって新会社を立ち上げ、熊谷も参画した。今の会社の前身となる会社である。

入社直後は、会社に愛着があったわけではない。数ヵ月稼いで辞めればいい、後はどこに行っても生きていける、という考えだった。

しかし、会社が成長し、自身も成長していくにつれ、「経営」に対して「こんなにおもしろいものはない」と感じるようになる。次の展開が楽しみで、経営ノウハウや課題解決法を身に付けるため、ビジネス書も読みあさった。こうして熊谷は、事業部長から専務取締役へと一気に駆け上がった。

その過程で、熊谷が主導となり始めたのがデータ復旧事業だった。自社のデータが消えるトラブルがあり、業者に依頼すると「できない」と言われた。そこにビジネスチャンスを見出し、データ復旧サービスに乗り出したのだ。当初はアメリカやロシアから最新技術を取り入れ、さらに自社独自の技術を研鑽していった。

熊谷が手がけるデータ復旧事業は順調に業績を伸ばした。ところが、別の幹部が手がけたさまざまな事業がことごとく失敗し、16億の負債を抱えてしまう。

「16年続いた会社を潰すわけにいかない」と覚悟を決めた熊谷は、前社長と役員からすべての株式を買い取り、代表取締役に就任。民事再生によって負債を1億6千万まで減らし、わずか1年で完済した。

「倒産寸前から再建に取り組んだ1年間は、毎日地獄の日々でした…と、表向きは言ってるんですが、実は不安はまったくなかったんです。絶対にできると思っていたから。ビビりのくせに、そういうところは大胆なんですよね(笑)。ただ自信には根拠がありました。先の計算はちゃんとできていたんです。数字はきっちり見るほうなので」

デジタルデータソリューション株式会社 代表取締役社長 熊谷 聖司

Profile

1976年生まれ。専門学校を卒業後、設計事務所勤務を経てIT通信系企業に転職。入社1ヵ月目でトップセールスを記録する。2000年、同僚が立ち上げたデジタルデータソリューション株式会社に参画し、2003年、役員に就任。2004年にデータ復旧事業(ブランド名:デジタルデータリカバリー)の立ち上げを行う。近隣アジア諸国やヨーロッパ・北米のデータ復旧企業や、研究者と共に技術開発に取り組み、過去10ヵ国へ計10回以上赴き、デジタルデータリカバリーの技術向上に注力した。

2014年9月にデジタルデータソリューション株式会社代表取締役社長に就任。

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デジタルデータソリューション株式会社

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