Googleの技術に特化し、
日本トップレベルの
エンジニアを生み出す

株式会社トップゲート 代表取締役 加藤 昌樹

株式会社トップゲート

加藤 昌樹Masaki Kato

代表取締役

2017.05.16

最先端のGoogle技術を活用し
「3年先の当たり前」をいち早く実現
エンジニアたちの
パーソナルブランディングに
力を注ぐ

さまざまな大手企業の「初挑戦」を支援

インターネット検索、メール、マップなどをはじめ、今や人々の生活に欠かせないインフラサービスを送り出しているGoogle。そのGoogle技術に特化して、システム開発、トレーニング、コンサルティング、機械学習・AI(人工知能)などの事業を展開しているのが株式会社トップゲートだ。

同社は「Google Cloud Platform (GCP)」 のパートナー企業。GCPとは、Googleが自社サービスのために構築したインフラを開発者向けに提供しているサービスであり、これを利用することで高度なシステムを低コストで開発・運用することが可能になる。

代表取締役の加藤昌樹が「技術力は日本で最高」と自負するとおり、トップゲートにはGoogle技術における日本のトップエキスパートが揃っている。同社は国内唯一のGCPトレーニングパートナーとしても認められており、講師を務められるレベルのエンジニアが多数。外部から依頼されての書籍執筆や講演などでも活躍している。

顧客は大手企業が中心で、Googleから紹介を受けることも多い。これまでには、ANAの遅延・欠航便情報の管理システム、テレビ朝日のWebメディアサイト、日本生命のエリアマーケティングシステムなど、多様な業種のシステム構築を支えてきた。

「従来なら1億円のコストがかかるシステム開発も、GCPなどを活用すれば1000万円でできたりします。さまざまな業界が、これまでの常識や固定概念を破る。今までできなかったことをやる。そうした『初めての挑戦』に関われるのはワクワクしますね」

そんな加藤が初めてパソコンに触れたのは1980年代、当時10歳の頃だった。ゲームがしたくて父にパソコンがほしいと訴えたところ、与えられたのはビジネス用の機種。「どう遊ぼうか」と思案し、雑誌を参考にプログラムを打ち込んでゲームなどを楽しんでいた。

その後、情報処理系の高校に進学するが、大学時代にはITへの興味をすっかり失っていた。授業にはほとんど出ずに、パチンコ店や雀荘に入り浸る毎日。大学1~2年にかけては、パチンコで800万円ほどを稼いだ。

大学3年以降は、スナックを経営した。知人から「居抜きの貸出物件があるからやらないか」と声をかけられ、「やってみるか」という軽い気持ちで始めたのだ。しかし、大学を卒業する間際、スタッフが独立して近くにお店を開き、他のスタッフと常連客を持って行かれてしまう。資金難に陥って店を閉め、パチンコ店で働いた。「その日暮らし」の人々に囲まれた環境で、「このままいくと自分の将来はマズい」と感じた。

「パチプロのような生活をしていた頃から、悶々とした気持ちはあったんです。楽して大金を手にしても、どこか満たされない。『自分は全く世の中の役に立ってないな』と」

 

株式会社トップゲート 代表取締役 加藤 昌樹

アーキテクトとしてトップに立ち、「自由」を求めて起業

そんなとき、昼休みにテレビを観ていると、Windows95が発売され、お店の前に長蛇の列ができているニュースが目に飛び込んできた。再びパソコンへの興味が沸き、IT業界を目指して転職活動を開始。販売管理システムを手がける企業に入社する。

従業員2~3名規模だったその会社では、入社していきなりプロジェクトを3つほど任された。久しぶりにプログラムを組み、その面白さを思い出した。技術書を読みあさり、要件定義から設計、開発、納品、保守まで全て1人でこなした。

「もっと世の中に広く通用する技術を身に付けたい」と考えた加藤は、オープン系のシステム開発会社に転職。初めてJavaに触れ、Webシステム開発プロジェクトに関わり、リーダーも務めた。今ではソフトウェアの設計モデルの一つとして知られる「MVC」という言葉がまだなかった時期から、そのフレームワークを独自で構築していたという。

この頃、「ITアーキテクト」としての才覚が目覚めたようだ。アーキテクトとは「建築家」「設計者」を意味し、IT分野においてはシステムの基礎~中核部分の設計や仕様策定、プロジェクトマネジメントを担う人材を指す。

「昔、読んだ本に『放注力(ホウチュウリキ)』という言葉があって、強く印象に残っていました。これは、四方八方に目を配りつつ、一つひとつもしっかりと見るということ。立場が違えば考え方も違う。多面的にものごとを見ることが大切という意識は子どもの頃から持っていたので、それが活かされたと思います」

その後、さらにステップアップを目指して転職。Javaのシステムインテグレーターでキャリアを積み、アーキテクトのトップの地位に昇り詰めた。

期の変わり目には、社長が社員に向けて業績の報告をするが、当時の加藤はまったく興味がなかったという。「売上や利益はどうでもいいから、技術的に面白い仕事を持って来てくれ!」というタイプだった。

高い技術を得ると同時に、「自由」も求めた加藤は、32歳のときに会社を飛び出した。前の会社に義理立てするため、後輩たちを誘うこともなく、1人で会社を設立。社名の「トップゲート」には、「トップへの登竜門」という意を込めた。ピラミッドの頂点にいる人や、頂点を目指したい人たちに集まってほしいという想いからだ。

当初は採用に苦戦したが、IT専門誌に一面広告を打つという思い切った策も講じ、徐々にエンジニアたちが集まってきた。

しかし、10人程度の規模まで拡大した頃、リーマンショックが起こり、受注が激減する。「何をどう頑張ればいいんだ」ともがき、追い詰められる中、Googleのクラウドの前身である「App Engine」の存在を知った。Googleのクラウドサーバー環境でアプリケーション開発ができるサービスだ。このときすでに、トップゲートにはGoogleのエキスパートがいた。日本で唯一、Google API Expertのダブルアカウントを保有する小川信一である

加藤は意を決し、「Google専門」へと舵を切る。小川を尊敬する優秀なエンジニアたちが集まってきて、Google関連の開発実績を積み重ねていった。「技術を極めたい」という入社希望者も増加し、現在は約50名規模へ拡大を遂げている。

株式会社トップゲート 代表取締役 加藤 昌樹

Profile

1972年生まれ。大学の商学部経営学科に在籍しながらパチプロで稼ぎ、スナック経営も行う。パチンコ屋店員、国際電話の営業マンを経て24歳の時にプログラマとしてIT業界に転身。IT企業3社に計8年間勤務。プロジェクトリーダー、ITアーキテクトとしてキャリアを積む。2006年、IT アーキテクトのコンサルティング会社として株式会社トップゲートを設立。

Contact

株式会社トップゲート

東京都文京区本郷3-40-11 柏屋ビル7F

https://www.topgate.co.jp/

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