夢中になることが成長に繫がる

オイシックス株式会社 代表取締役社長 高島 宏平

高島 宏平Kohey Takashima

オイシックス株式会社

代表取締役社長

2015.10.06

学生時代の仲間が再集結して起業

大学時代、就職活動もしないまま卒業の時期を迎えた私は、モラトリアムを2年延ばす目的で大学院に進学しました。せっかくもらった2年間ですから、何かをして有意義に過ごしたい。そう考えた私は、当時広がりつつあったインターネットに着目し、「インターネットで遊ぶ」をコンセプトに学生ベンチャーを立ち上げました。

仲間たちとほとんどノリで起業した会社でしたので、事業計画もなければ、何をするかすら決まっていません。会社を作った時に私が意図していたのは、仕事を通じてインターネットの持つビジネスの可能性を知ることでした。

したがって、同じ仕事をすることは考えず、とにかくインターネットを使った事業をいろいろ手がけて、自分たちの知識とスキルを伸ばすことに決めました。結果的に、ホームページの制作、ネット通販、イベントの生中継など多彩な仕事を手がけました。

利益は度外視していましたので、何をしても儲けはそこそこでしたが、事業そのものは本当に面白かったです。ゼロの状態から自分たちの力で価値を作り、その評価としてお金が入ってくる。私は人生史上、最高の面白さを感じていました。

そうこうしているうちに2年が経ち、また進路選択の時期です。私には選択肢が二つありました。一つは事業を続けること、もう一つは一度社会に出て修行を積み、いずれもう一度会社を立ち上げることです。

事業はわりあい順調でしたが、私は「この延長線上に大成功はない」とも感じていました。私たちが考えていた「大成功」とは、自分たちの力で、世の中を良くする大きなインパクトを与えるビジネスを実現すること。そのためには、メンバーがそれぞれに社会でビジネスを学び、成長した姿でもう一度集まった方がいいことは明らかでした。

そして、私たちは3年後に再集結することを誓い、それぞれが学ぶべきビジネス分野の会社に散っていきました。私は外資系の大手コンサルティング会社に入社し、Eコマース(電子商取引)のコアメンバーとなって知識を深めていきました。

そして、2年後に設立したのが当社です。想定していた時期よりも早くなったのは、メンバーたちと話し合いを重ねる中で、やるべきことが意外に早く定まったからでした。

それは食品のインターネット販売。当時は現在ほど「食の安全」が叫ばれていませんでした。安く便利に手に入る食品が溢れていましたが、自分たちの食べているものの安全性が分からないことに、主婦の方々は漠然と不安を感じていました。

しかも食品販売とインターネットは親和性が高く、流通経路のムダが省けます。ところが、ネット先進国のアメリカでも、食品販売で成功した事例はありませんでした。このような事実が私たちの野心に火をつけ、当社の設立に至ったのです。

もちろん、軌道に乗るまでは苦労の連続でした。私たちは、利便性などを説明してお金を払えば、商品(野菜、果物など)はすぐに手に入るものと思っていました。しかし、なにしろインターネットそのものがまだ理解されていなかった時代です。農家に説明に訪れたところでまったく相手にされません。そもそも、ろくに野菜の見分けもつかない頭でっかちな若造たちに、こだわって栽培した有機野菜などを任せられるわけがありません。

時には「土を食べろ」と言われて、実際に食べたこともあります。資金調達がままならず、創業メンバーが辞めていったこともあります。自分たちでひたすら野菜の袋詰めをしたこともあります。苦労話をしたらキリがありませんが、そういうまさしく泥臭い作業を繰り返しながら、私たちは必死で事業を軌道に乗せていきました。

チームでの企みが自分を夢中にする

私は子どもの頃から、自分で音頭を取り、チームで何か企てていくことが好きでした。たとえば、サッカーで他校との対抗戦があると、普段あまり接点のない男子と同じチームになって、「絶対に勝とう」と言い合って、実際に勝った時にはもう仲間になることが楽しかったです。

また、中学時代に留学した時にはホームステイ先でリーダーとして同じ留学生の相談に乗ったりまとめる立場にありました。高校時代には学園祭や体育祭の実行委員をしたり、大学でも学生の国際会議を企画・運営したりしていました。

その中で気づいたのは、私は誰かから「こうしなさい」と言われたことではなく、自分たちで自由に何かを作ることこそ、自分は夢中になれるということです。それ以後は、自分でそういう場所に身を置くようにしました。

もっとも、学生の頃は自由に何でもできる機会を与えられますが、社会人が近づいてくると自分たちで継続可能な仕組みを作らなければなりません。そういう意味で、一番手っ取り早かったのが起業だったのです。本来、私は起業したいタイプではなかったのですが、チームでの企みを続けたいと思った時に、会社を作ることが一番身近な選択肢でした。今までの人生経験でも、進学や引っ越しなどでせっかく築いた仲間との強い関係性がリセットされてしまうことにとても抵抗感がありました。しかし就職するということは新しい道に進まなければいけません。私が起業に至った理由はその抵抗感が大きく、なんとかしたいという気持ちがあったからだと思います。

高島 宏平

Profile

1973年、神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修了後、外資系経営コンサルティング会社のマッキンゼー日本支社に入社。2000年5月の退社までEコマースグループのコアメンバーの一人として活動。2000年6月に「一般のご家庭での豊かな食生活の実現」を企業理念とするオイシックス株式会社を設立し、同社代表取締役社長に就任。生産者の論理ではなくお客様の視点に立った便利なサービスを推進している。主な著書に『ライフ・イズ・ベジタブル―オイシックス創業で学んだ仕事に夢中になる8つのヒント』(日本経済新聞出版社)がある。

Contact

オイシックス株式会社

東京都品川区東五反田1丁目13番12号 いちご五反田ビル
http://www.oisix.co.jp/

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