映像とモノ作りを
主軸に、コンテンツ
プロモーションの
No.1企業を目指す

株式会社イクリエ

濵島 広平Kohei Hamajima

代表取締役

3Dデザイナーから社長へ。事業転換を経て成長企業に

幼少期から絵が好きだったという濵島。絵画教室で水彩画や油絵を学び、中でも模写が得意だった。小学校時代はドラゴンボールやビックリマンのキャラを真似て描き、学校や児童館で使うポスターの制作をよく頼まれた。小学校高学年から中学生までは剣道で汗を流したが、高校入学後は帰宅部に。自分でドット絵を描き、キャラクターを作れるシューティングゲームにハマり、先生や友人をゲームのキャラに仕立て、友人を楽しませていた。

高校卒業後、地元・愛知の大学へ進学。将来はゲームの開発に携わりたいと考え、情報工学を専攻したが、授業はプログラミングが中心。そこで、3Dツールを学ぶ専門学校に入学、Wスクールを始めた。しかし、遊びすぎて欠席が続き、半年後の最終授業だけに顔を出すと、同期たちはツールを使いこなし、作品を発表できるまでに成長していた。

同期が作った3Dの車や飛行機を眺めながら、強い危機感を覚えた濵島は、心を入れ替え、貯金をはたいてツールを購入。独学で学び始めると、そのおもしろさに夢中になった。3Dツールをマスターし、大学を卒業。3Dデザイナーを目指し、県内のゲーム開発会社に入社したが、任されたのはphotoshopのデータ作りのみ。「3D制作のスキルを活かしたい」と考えていたとき、知人の誘いでデジタルフィギュアのイベントに作品を出展した。

これをきっかけに、東京の会社から声を掛けられた濵島は25歳で上京。3Dデザイナーとして、ゲームのオープニングムービーを手がける制作会社へ転職した。

ところが、会社は深刻な経営難に陥っていた。5名の社員で必死に働き、濵島も入社から半年後には営業として案件獲得に奔走したが、どんなに頑張っても激務に見合う給料がもらえず、社長の経営方針に疑問を抱く日々が続いた。

そんなとき、ある企業から出資の話が舞い込んだ。出資には役員を揃えることが条件だったため、濵島は当時欠員していた取締役に就任。社長が中心となり、出資会社と交渉した結果、なんとか資金調達に成功した。しかし、よろこんだのも束の間、直後に社長が体調を崩し、会社の運営ができなくなってしまった。

「それまで起業しようと思ったことはなかった。でも、『もう自分がやるしかない』と覚悟を決めたんです。カルチャーショックを受けたほど、クオリティの高い仕事をする先輩や頑張っている仲間を置いて、自分だけ去ることができなかった」

2008年、濵島はスタッフ3名とともにイクリエの前身となるゲームムービーの制作会社の設立に参加した。資金もなく、厳しい状況が続く中、追い打ちをかけるようにパソコンゲームの衰退が始まった。映像の仕事が減少したため、濵島は遊技機業界(パチンコ・パチスロ)に目を向けた。この頃、遊技機メーカーでは、アニメやゲームの版権を獲得し、台の液晶映像として使用する動きが高まっていたからだ。

会社を存続させるため、濵島は事業をパチスロの映像制作にシフト。方向転換に反対する社員との別れもあったが、クライアントの要望に合った遊技機演出やエフェクトの提案が評判を呼び、業績は順調に推移。新たな社員も加わり、より技術に磨きをかけていった。

Profile

1980年愛知県生まれ。名城大学理工学部卒業。大学と専門学校で学んだのち、3Dデザイナーとしてゲームのオープニング、プロモーションムービーの制作会社に勤務。2008年、イクリエの前身企業を設立。2010年、株式会社イクリエに商号を変更し、プロモーションムービーや遊戯機の液晶映像制作に携わる。2017年よりコンテンツプロモーションの制作体制を強化。有名なコンテンツのプロモーションムービーやフィギュア原型制作、グッズ企画・販売、イラスト事業の4事業を主軸に展開中。

Contact

株式会社イクリエ

東京都台東区台東2-26-8若林ハイム2F

https://www.icrea.co.jp/