日本のファンを世界に広げ、この国の元気の原動力になる

株式会社フリープラス 代表取締役社長 須田 健太郎

須田 健太郎Kentaro Suda

株式会社フリープラス

代表取締役社長

2015.06.09

インバウンドに特化した唯一無二のベンチャー企業

弊社は、訪日外国人客の受け入れを専門とする旅行事業、いわゆるインバウンド事業を展開しています。この事業を始めて5期目にあたる今期は、中国、台湾、香港、そしてASEAN諸国を中心に、西はインド、南はオーストラリアまで16ヵ国、6万人弱の観光客を海外から受け入れる予定です。その9割以上は団体ツアー客であり、弊社は団体ツアーの商品を企画し、外国人観光客が訪日後に利用する移動手段や宿泊施設、飲食店やガイドなど、ツアーに必要なことの手配すべてを包括的に請け負っています。

ランドオペレーターといわれる海外旅行の現地手配を行うビジネス自体は35年ほど前から存在し、特に目新しいものではありません。もともとは、留学生や通訳として日本にやってきた外国人が母国からの依頼をきっかけに事業を始めたというところが大半で、事業を拡大しようという志や企業理念までを持ち合わせている会社は少ないと思います。そして、そんな業界に外部から新規参入したのは、私たちFREEPLUS以外にはありません。その意味では、非常に新規性のあるビジネスとも言えます。大手の旅行会社をはじめ、ライバルがほとんどいなかった市場で、インバウンド事業開始の初年度はたった2人だったお客様が、5期目にして6万人に迫るまでになったわけです。

成人式の夜に迎えた世界企業への第一歩

起業しようと決めたのは20歳の時です。それまでは、将来に対する夢も特になく、なんとなく大学に行き、授業に適当に出てという、どこにでもいる大学生でした。そんな折に成人式を迎え、同窓会ですごく楽しい時間を過ごしたんです。そして、「今日は楽しかったな、こんな楽しい日が次はいつ来るんだろう」と思った時に、ふと成人式はもう二度と来ないという当たり前のことに気づきました。成人式どころか、21歳も22歳も一度きりであって、その先には死しかない。そのことが急に現実味を帯びて愕然としました。今の自分のまま死んでしまったら、生きていた意味がまったくない。そして、どうせいつかは死ぬのなら、せめてそれまでのプロセスを価値のあるものにしたい、地球に自分の痕跡を残したいと思いました。とはいえ、自分の人生を振り返ってみて、昔から好きだった音楽でも陸上競技でも地球にインパクトを与えるのは難しい…。それが、その日の結論でした。

「俺の人生どうしよう」

そう悩んでいたある時、テレビのニュースに、ライブドア社長(当時)の堀江さんや楽天社長の三木谷さんが出ていました。それまで、社長といえば〝白髪のお年寄りが判子をついているイメージ〞を持っていたので、若くエネルギッシュな社長像に衝撃を受けました。それから、さまざまなビジネス書や社長本を読み、年齢に関係なく、お金がなくても、アイディアと行動力、そして勇気さえあれば会社を興せることを知りました。その時に気づいたんです。個の才能が世界レベルでなくても、自分より優秀な人を集めれば、世界的な企業を作れるんだと。そして、自分がこの世を去った後も、その会社が幸せな人を世の中に生み出し続けることで、世界に貢献できると。そのために起業して世界企業をつくろう。そのために生きよう。そう決めたのは、成人式のあった1月の終わりでした。

同じ年の12月、社会やビジネスの仕組みを一日も早く学ぼうと、大学を中退し、翌年4月にITエンジニアを派遣するベンチャー企業に入社します。そして、約1年の在職期間を経て、当初の予定よりも早い2007年6月に株式会社フリープラスを創業しました。

当初の主力事業は、以前の勤務先で経験していたITエンジニアの派遣です。立ち上がりは順調で、1年目で数億円を売り上げ、利益も出すことができました。2年目に入っても、その勢いは止まらず、当時はすっかり天狗になっていたものです。

しかし、2008年にリーマン・ショックが起こります。2〜3ヵ月もすると取引先のメーカーでもリストラが始まり、同時に派遣社員の需要も激減。社員の頑張りも空しく業績は悪化の一途を辿り、毎月百万円単位の赤字が出るようになりました。順調そのものだった経営に、このままでは数ヵ月後に倒産するという現実が襲いかかります。私は迷いました。無借金経営だったし、今なら会社をたたんでも何の痛手もなく大学に戻って、仲間には武勇伝を語れるだろう。親も安心するに違いない。そして何より、銀行から借り入れをしてまで踏ん張っても結果が出なかった時に、借金だけが残る未来が怖かったのです。

そして、当時入社1年目だった現在の役員を公園に呼び出し、初めて倒産の危機を打ち明けました。すると思いもよらない言葉が返ってきたのです。「じゃあ土日にみんなでバイトしましょう。社長も一緒に」確かに当時のコストは大半が人件費です。バイトで生活費さえ稼げれば、会社は当分生き残れると言う彼の言葉に目が覚めました。「世界企業をつくる」と宣言していた私の夢や可能性に懸けて、わずか13畳の頼りない我が社に入社してくれた社員がいるのに、自分の未来のために会社を清算しようと考えていたことが恥ずかしくなりました。そして、「失敗したら、俺はそれまでの男だ」と腹を括ったのです。

すぐに銀行から運転資金を調達すると、リーマン・ショックの最中でも急成長していたインターネット広告に目をつけ、SEO事業をスタートさせました。専門書と首っ引きで始めたまったくの新規事業でしたが、社内のリソースを集中させ、他社のSEO部門を買収するなどして、3期目には黒字化できました。さらに4期目で安定的な収益を得られるようにまでなったのです。


Profile

1985年、マレーシア・クアラルンプール生まれ。
日本人の父とマレーシアの華僑である母を持ち、幼少期をマレーシア、インドネシアのジャカルタで過ごす。10歳より日本に定住。大学中退後の2007年、自分が生きた証として、世界中に幸せを生み続ける世界企業を創ることを決め、22歳で株式会社フリープラスを設立、代表取締役に就任。2010年、訪日旅行事業に参入、『日本の観光立国を成し遂げ、日本のファンを世界に広げ、日本の元気の原動力となる』ことを使命とし、訪日観光関連事業への展開を進めている。

Contact

株式会社フリープラス

〒530-0004
大阪府大阪市北区堂島浜1-4-19 マニュライフプレイス堂島 2F
06-6147-3080
http://www.freeplus.co.jp/

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