多様で柔軟な
働き方を自ら実践し
次代の組織デザインを
世の中に広めていく

株式会社パソナ

湯田 健一郎Kenichiro Yuda

営業統括本部/リンクワークスタイル推進統括

数々の仕事をこなす父親を見て育った幼少時代

イギリスの寄宿学校をモデルとした中高一貫校の一期生として学生時代を過ごした湯田。男女共学の全寮制で、クラスは一学年に一つ。文科省の研究開発学校として開学し、一般的な教科だけでなく、自分たちで編んだ草鞋で遠足にでかけたり、餅を手作りして食べたりと、少し特殊な学校生活だったという。

新しいことや珍しいことに取り組む楽しさを知った湯田は、立命館が大分県に新設する大学への進学を考えていた。学生の半数が外国籍の人たちで占めるため、 「新しい価値観に出会える」とワクワクした気持ちで待ち望んでいたが、工事などの都合で開学が遅れたこともあり、最終的には京都にある立命館の本学に入学した。

大学時代には50個以上のアルバイトを経験。これは、早くに祖父を亡くした湯田の父親が、家族を養うためにいろんな仕事に従事していたことも影響していると話す。

「父は、農業や販売業、土木建設業、タクシー運転手を経て、30歳で起業。以来、『自分の人生オリンピックだ』と表し、4年に1度は違う業態を起業し続けて現在70余歳…アグレッシブに働く姿を幼い頃から見ていたので、たくさんアルバイトをすることも、今のようなパラレル的な働き方も苦に感じないのかもしれません。現在、僕も経営に携わっている実家の事業のひとつに400名の宴席も可能なバンケット事業がありますが、僕が大学時代にしていたウエディングのアルバイトの経験が巡り巡って家業の役に立っていて、不思議で面白いなと思います。今となってはビジネスの話も多くしますが、実は大人になるまでは父親とは挨拶を交わす程度で面と向かってじっくり話すことはないような仲でした。薩摩の家柄というか、絶対的存在で話しかけることもなくて。でも30歳を越えたあたりから、父の生き方や決断力に共感を覚えて、リスペクトする存在になっていったんです」

就職活動では金融ゼミの所属だったこともあり、「社会の在り方を変えるために、企業の資本となるお金にまつわる仕事に就く」と金融業界を志望。しかし、出会いは突然訪れた。大学で実施される銀行の会社説明会が始まる時間まで、空いている講義室で休憩をとろうとした湯田。するとその講義室で別の企業の説明会が始まった。それがパソナだった。

「経営資源は『ヒト・モノ・カネ』と言われますが、お金についてはフレームが明確です。対して人は割と科学されていない。それを科学して組み合わせていけば面白いことが生まれるんじゃないかと可能性を感じて、最終的には人材に携われるパソナを選びました。多くの企業を見ていても、事業の根幹として重要なのは人にシフトしてきていると感じるので、あのときの選択は正しかったですね」

Profile

鹿児島県霧島市生まれ。宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校を卒業後、立命館大学経営学部へ進学。2001年、株式会社パソナ入社。パソナでICTを活用し、場所を問わず多様な人材の能力を活かす「LINK WORK STYLE」の推進を統括。株式会社パソナグループの投資政策委員会事務局シニアマネージャー、株式会社パソナテックの事業戦略本部マネージャー、一般社団法人クラウドソーシング協会事務局長、家業の支援など、テレワーク&パラレルワーク&二地域居住を実践中。国家戦略特区としてテレワーク推進を展開している東京テレワーク推進センターの責任者や政府の働き方改革推進に関連する検討会委員等も務め、執筆・講演活動など「テレワーク×フリーランス×副業・兼業の推進」に広く従事している。

Contact

株式会社パソナ

東京都千代田区大手町2-6-2
https://www.pasona.co.jp/