日本で培った戦略を武器に、海外再進出に成功

プライム・ストラテジー株式会社

中村 けん牛Kengyu Nakamura

代表取締役

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ジャカルタでのオフショア開発で味わった挫折

当社は2013年9月からインドネシアに進出しています。実はこれが2度目の挑戦です。最初の進出は2005年3月。きっかけは、妻と出かけたバリ島旅行でした。

滞在したホテルに日本語を流暢に話す若いホテルマンがいて、その優秀さに驚きました。しかも、一流ホテルで働く彼のようなクラスの人材の月給が、この国ではたった1〜2万円だと知って愕然としたのです。チップによる収入を考慮しても、日本ではあり得ない金額です。

さらにこのホテルには、宿泊客用にインターネット接続したパソコンが設置され、日本語キーボードも用意されていました。ここには日本と変わらぬパソコン端末にインターネット環境がある。そのうえ、優秀で日本語堪能で超低コストな人材が揃っているのです。もしも彼らが日本人相手にシステム開発を始めたら、自分たちに勝ち目はありません。滞在中にこの考えが確信に至り、恐怖で旅を楽しむどころではありませんでした。

その時、当社は設立3年目で、ウェブサイト構築を中心にマーケティングやデザイン、運用まで幅広く手がけていました。お客様の要望に応えれば応えるほど開発コストがかかり、いつか限界が来ると焦っていた時期です。コスト面でアドバンテージのある彼らを敵に回すのではなく、味方につけよう。この発想から海外進出を決意しました。

バリからの帰国後すぐに進出先の検討を始めました。候補地をインド、ベトナム、タイ、ミャンマー、インドネシアに絞り込んで視察しました。私自身が自分の足で現地を巡り、現地の方の話を聞き、最終的に「この国の人たちなら一緒に働ける、働きたい」と判断したのが、インドネシアです。

インドネシアは古くから親日国で、世界の日本語学習者数では韓国に次ぐ第2位です。人々の性格は穏やかで日本人に近いメンタリティを持っています。インドネシア語はアルファベット表記で外国人にも読み取りやすく、文法もシンプルで、数ヵ月あれば日常会話はマスターできます。唯一、宗教観の違いを心配しましたが、それは杞憂でした。

こうしてついに進出先を首都ジャカルタと決めたものの、日系企業がまだ珍しかった当時は情報が乏しく、何からするべきなのかも分かりません。インドネシアでの会社設立の手続きは煩雑でしたが、設立手続きを設立手続き代行会社に依頼すると費用が高くつくので、投資調整庁(BKPM)で英語が分かる人に教わりつつ、一つずつ自分で手続きを進めました。

ようやくプライム・ストラテジー・インドネシアを立ち上げ、人材紹介会社を通じて募集をかけると、期待通りにとても優秀な人材が集まってくれました。アジアに共通して言えることですが、日系企業は給料水準も高くブランド力のある外資系です。そのおかげもあり、人には恵まれたと思います。

当時のインドネシアの物価は、日本の1/10程度。この経済的な差を利用して人件費を抑えコストメリットを得る、いわゆるオフショア開発を目指していました。今振り返れば、私も若かったので見込みが甘かったと思います。

進出から1年半後には撤退を余儀なくされました。理由はジャカルタには関係なく、親会社である東京の会社の業績不振です。気づいた時には3ヵ月後の資金繰りの目途が立たず、すでに瀕死の重症の一歩手前でした。不振になった原因の一つに、東京・ジャカルタ間のコミュニケーションに苦戦し、発注がしにくかったという理由があります。優秀な人材を確保していても、日本とのやり取りに翻訳者が入ることもあり、また翻訳者も専門の人は人数が少なくてコストがかかる。やり取り一つに常に膨大な時間がかかって、伝達を繰り返すうちにニュアンスが変わってしまったりと、いろいろな問題が出ていました。伝言ゲームが延々と続く状況に、日本のメンバーも「なぜジャカルタに仕事を出すのか」と疑問に感じ、仕事を出しづらい空気になり、日本とジャカルタ間の流れも止まってしまいました。つまり、オフショア開発のメリットを得る段階には到達していなかったのです。

直前まで悩み続けました。ついに撤退を告げるため現地に向かった時も、まだ彼らにどう話せばいいのか分かりませんでした。会社に着くと、事情を知らない女性社員がやって来て「私はここに入社できたことをとても誇りに思います」と言ってくれたことを、今でも鮮明に覚えています。

その30分後には全員を集め、これから会社を締めて撤退すると話しました。社員50名を解雇し、支払いを止め、4000万円のキャッシュを吹っ飛ばし、日本に逃げ帰るのです。悔しいし恥ずかしいし、何より社員やその家族、そしてお世話になった方々に申し訳なかった。その時は「もう二度と海を渡ることはない」と思いました。

Profile

1971年、栃木県生まれ。
中学1年生で電波新聞社の『マイコンBASICマガジン』にプログラムを寄稿して以来、プログラミング歴30年。早稲田大学法学部を卒業後、野村證券に入社。公認会計士第二次試験合格。2002年にプライム・ストラテジー株式会社を設立、代表取締役に就任。2005年にPT. Prime Strategy Indonesiaを設立して以来、アジアでのITビジネスに携わる。
執筆監訳書籍に『WordPressの教科書』シリーズ(SBクリエイティブ)、『詳解 WordPress』『WordPressによるWebアプリケーション開発』(ともにオライリー・ジャパン)などがある。

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