提供するのは
『人生の潤い』。
世界に通じるサービスで
幸福と笑顔を創造する

GOSSO株式会社/GOSSO BEAUTY LAB株式会社 代表取締役 藤田 建

GOSSO株式会社/GOSSO BEAUTY LAB株式会社

藤田 建 Ken Fujita

代表取締役

2017.10.31

飲食・美容で
20業態、60店舗以上を運営。
さらに3事業を加え、世界展開へ
お客様との出会い。仲間との出会い。
そのすべてが成長の機会

世界に通じるサービスで100年・100億・100店舗を目指す

「人生に潤いを!ハピネス&スマイル創造カンパニー」

このフレーズを掲げ、飲食・美容事業で22業態、62店舗(2016年1月現在)を展開するのがGOSSOグループだ。同社にとって「潤い」は大きなキーワードだと、代表取締役の藤田建は強い信念を持って語る。

「潤いがなくても生きてはいけます。けれどあったほうが人生は素晴らしくなる。人は潤いに出会ったときに幸せや笑顔が生まれるのではないでしょうか。そんな潤いを、お客様だけでなくGOSSOに関わるすべての人が感じ続けられる企業でありたいのです」

藤田が掲げる理想の経営とは、従業員とその家族・お客様・取引先・社会…と笑顔の連鎖が起こる姿。そのために世界No.1のサービスをつくり、100年先も成長し続けられる企業でありたいと語る。当面の目標は年商100億円と100店舗展開。飲食・美容健康事業に、トラベル・ファッション・ライフスタイルも加えた5事業を柱にした事業構想を描いており、グローバルマーケットへの進出も視野に入れている。

現在、力を注いでいるのが「チーズ・フォンデュ」の業態の展開。日本チーズ・フォンデュ協会の代表理事を務める藤田は、チーズ・フォンデュを例に同社が提供する潤いやハピネス&スマイルの神髄を語る。

「一般的なチーズ・フォンデュはチーズをワインで割るのですが、私たちのお店では『もっとおいしく、もっと楽しく!』をテーマに、北海道の工場で4種のチーズを良質な豆乳で割って提供しています。クリーミーかつマイルドな口当たりでお子さんから年配の方にまで人気。ファミリー層のお客様も多いんですよ。つまり、『あらゆる人が楽しめる』がコンセプトなんです」

チーズ・フォンデュは、若い女性など特定の顧客層に選ばれていた印象が強いが、藤田はそれを全世代が楽しめる場と食の提供へと進化させた。外食でも家庭の食卓でもフォンデュを囲んで笑顔になる姿を、メイド・イン・ジャパンの北海道チーズ・フォンデュとして世界へ広げていきたいのだという。

こうした潤いのあるサービスは、藤田1人のアイデアで生み出されているのではない。従業員がお客様と日々接する中で得た気付きやヒントをもとに、自らがサービス提案をするボトムアップの風土も同社の特徴だ。本社に寄せられる「提案書」は毎週5~6枚。ときには10枚を超える週もある。メニューや価格に対する提案のほか、バースデー祝いのフォトサービスや、リムジンの送迎プランといった斬新な試みも実現し、お客様に支持されている。藤田は幹部スタッフと提案書の全てに目を通す。ときにアルバイトスタッフからも寄せられる提案書には、現場の意思や熱意が宿っているという。

「提案の多いお店ほど業績が良いんです。つまり、お客様にも会社にも価値の高いお店とは、一人ひとりの従業員が主体性を持って楽しく働ける職場であること。そういう現場には幸せの連鎖が起こるから、チャレンジングな提案にも期待を込めて投資します」

GOSSO株式会社 GOSSO BEAUTY LAB株式会社 代表取締役 藤田 建

「潤い」を重視する原点は、母のための掃除

アルバイトを含め600名以上の従業員を率いる藤田。しかし、幼少期は内気な少年だった。日本人の父とコスタリカ人の母のもとに生まれた4人きょうだいの末っ子。藤田が3歳のときに家族揃ってアメリカから日本に移住した。日本で暮らす外国人は珍しかった時代。日本語がまったく話せなかった母と異国の血を引く藤田たちが街を歩けば、好奇の視線が容赦なく突き刺さる。その環境のせいか話すことに自信が持てず、友達の輪に入ることや人前に出ることを避けていたという。

「私も姉3人も幼い頃に辛かった思い出はたくさんありますが、一番苦労したのは母だったと思います。父は仕事で家を空けがちだったため、母が言葉の通じない国で子ども4人を育てていくのは困難も多かった。愛ある母の元、幸せを感じることは多くありましたが、家の中では子どもの目にも生活の厳しさを感じることは多くありましたね」

そこで藤田少年が始めたのは、家の掃除。母が出かけている間に部屋を片付け、母が戻ってくると整理整頓の行き届いた様子に喜ぶ顔を見るのが好きだった。人と話さなくても目立たなくても、喜んでもらえることがある。最初は母の笑顔を見るためだった掃除は、父やきょうだいも笑顔にしていく。自分の行いで笑顔の輪が広がることがうれしく、自宅を飛び出し、近所の神社に箒を持参して落ち葉を掃くこともあった。

「これが、潤いのある人生の素晴らしさを感じた原体験。家が散らかっていても暮らしていけますが、心地よい空間は暮らしに潤いを与え、人を笑顔にできる。突飛なことでなくても、今の自分ができることに最善を尽くせば喜んでもらえることを学んだのです」

その後、小中高とバスケットボールに汗を流し、中高は日本代表として活躍。190㎝の高身長を活かして大学時代はファッションモデルとしても活動し、ミラノ・コレクションにも出演した。しかし、相変わらず人と話すのは苦手。そんな藤田を変えたのは大学時代から始めた居酒屋でのビラ配りのアルバイトだ。

歩合制の報酬に惹かれ、苦手克服のつもりで働き始めたものの、立地が悪く肩を寄せ合って飲むようなこぢんまりとしたお店に客を呼ぶのは、簡単ではなかった。最初はこんな店に人は来ないと言い訳をしていた。すると社長からこう言われる。「俺たちは店を売ってるんじゃなくて、自分自身の生き方・考え方を売ってるんだ」。他責にしていた自分に気付き、幼少の頃、自分ができる最善を尽くしていたことを思い出した。

それからの藤田は1日5000人に声をかけるという目標を掲げ、毎日やり抜いた。すると、相手によってどんな切り口でアピールすれば良いのかがわかってきた。次第にビラを配らずとも、トークだけで集客できるようになった。話すことへの不安はいつの間にか自信に変わり、お客様から藤田に声をかけてくれるようになっていく。

「バイト代はほとんど貯金していたので、いくら稼いでも身なりはボロボロ。それでも人から興味を持たれるようになったのは、自信を持って相手に接していたからだと思います。誰よりも誠実であること。それだけは負けるまいと仲間と競い合っていましたね」

大学卒業当時はITの波が訪れつつあった。時代の潮流を読んだ藤田はすぐに就職せず、専門学校でWeb制作のスキルを学び、ITベンチャー企業でWebディレクターとして働き始める。手がけた仕事の評価も高く、20代で企画本部長の立場を打診されたこともあった。しかし、この誘いが自分の将来を深く考えるきっかけになる。

「Webの仕事で評価されたことはありがたかったのですが、一生かけてやりたい道だとはどうしても思えなかった。自分が本当にやりたいことは何だろう。将来的な起業もイメージしながら考え続けた結果、たどり着いたのは『人を幸せにする楽しい食空間を提供したい』という想いでした」

こうして藤田はWebの仕事に区切りをつけ、独立に向けた修業を始める。30歳で第1号店を渋谷にオープン。沖縄・韓国・和食をミックスさせたというそのお店の屋号こそ「GOSSO」。当時は「ごちそう、うまそう」に由来して名付けたという。

GOSSO株式会社 GOSSO BEAUTY LAB株式会社 代表取締役 藤田 建

Profile

1974年、アメリカにて、日本人の父とコスタリカ人の母のもとに生まれる。3歳のときに日本に移住。成蹊大学卒業後、専門学校に通いWeb制作のスキルを習得。ITベンチャー企業でWebディレクターを務める。以前からインテリアにも興味があったことから、「お店の空間づくり」を目指し、フードサービス業界へ。2005年、GOSSO株式会社を設立。

Contact

GOSSO株式会社/GOSSO BEAUTY LAB株式会社

東京都渋谷区宇田川町14-13 宇田川ビル6F

http://www.gosso.co.jp/

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