世界中から
「ステキ」を発掘。
「日本初」「日本発」の
アイテムを届ける

ステキ・インターナショナル株式会社 代表取締役 島影 将

島影 将Katsushi Shimakage

ステキ・インターナショナル株式会社

代表取締役

2017.02.05

証券・ネット業界を経て、雑貨の
輸入商社を創業
世界のメーカーを相手に、日本マーケット参入の
「ゲートウェイ」を目指す

フレグランス輸入からスタートし、幅広いジャンル展開へ

ステキ・インターナショナル株式会社は、その名のとおり、世界の「ステキ」なものを輸入販売する専門商社だ。創業から11年。これまで扱ってきたのは、欧米や豪州、アジアのフレグランスやコスメなどの生活雑貨。日本では手に入らない「ステキ」なアイテムを発掘し、日本での独占販売契約を結ぶことで数々の「日本初上陸」を実現させてきた。

2016年からは新たなチャレンジをスタート。もともと米国で生産された商品を輸入していたが、アイテムの一部を日本製造に切り替えた。ブランドコンセプトを守りつつ、日本独自の視点で企画・開発を行っていく。輸入商社から、ファブレス(工場を持たず製造活動を行う)企業へ。その先は「輸出商社」としての展開も見すえているという。

同社の代表取締役を務めるのが島影将。その過去にさかのぼると、「雑貨の輸入販売」とは結び付かないようなキャリアの変遷があった。

島影は大手証券会社で営業を務めた後、公認会計士資格を目指して勉強。IT企業の経営企画室に入り、IPO(新規株式上場)の業務を担当した。グループ会社を含めて2社をIPOへ導き、役員も務めた後、起業に至る。「金融」「IT」「財務会計」の世界で培ってきたそのキャリアは、現状とは大きなギャップがあるように感じるが、実際は「つながっているし、軸はブレていない」と島影は言う。

「昔から、何か決断をするときには、『今まではこれをやってきたから』という過去にはとらわれないんです。その時点から先を見た時に、ベストだと思う選択をしてきました」

高校時代は文系クラスに所属。数学はからっきしだったが、英語の成績だけは良かった。しかし、「バイオテクノロジー」に興味を持ち、二次試験の受験科目に英語がない農芸化学科に出願した。「せっかく点数を稼げる英語を捨てるなんてもったいない」というクラスメイトの声を背に、理系に転換。高校3年生の春より「数I」からやり直した。「まるで、修行僧のように勉強した」と当時を振り返る。

そして大学4年生の春、就活中に志望した先は、農芸化学とは関連性のない証券業界だった。またしても「せっかく4年間勉強したのに、生かさないなんてもったいない」という声が聞こえてきたが、構うことなく「野村證券」への就職を決めた。

「自分に何が向いてるかなんて、社会に出たこともないのにわからない。だったら、まずは日本一で一番厳しい会社で働くことが、最も自分を成長させる方法ではないか」と考えた結果の選択だった。

ステキ・インターナショナル株式会社 代表取締役 島影 将

証券会社の営業を経て、ネット業界の財務・会計職に転身

証券会社の営業時代は、「生意気な社員だった」と振り返る。「この商品を売れ」と上司から言われても、素直に従わない。「このほうがお客様のためになる」と、自分なりの投資手法をあみ出した。「勝手なことをするな」と、毎日のように叱られ続けたが、「顧客の利益が第一」と信念を貫いた。その結果、日経平均株価が下がり続け、多くの投資家が損失を重ねたバブル崩壊後の株式市場にあって、お得意様に利益を出し続けることができた。

しかし、証券営業として働いて3年目、自分の未熟さを思い知らされる出来事があった。

島影は相続に関わる問題を抱えていた顧客に対し、有価証券を使った節税対策を提案した。しかしその顧客は、弱冠25歳の営業マンの話には真剣にとりあってくれない。そこで、税理士の肩書を持つベテラン社員に同行してもらうと、顧客の態度が豹変。その税理士に対し、資産情報や相続の悩みなど全てを打ち明ける顧客の姿を目の当たりにしたのだ。

「もっと知識をつけなければ、と痛感しました。プロとしてもっと勉強しないと、相手にもされないし、頼られることもない。当時の自分はアマチュアだったんです」

島影は証券会社を退職し、公認会計士の勉強をすることを決断。再び「修行僧のように」勉強する日々が始まった。専門学校に通い、1日15時間勉強する生活が1年半続いた。
結果は、短答式試験には合格したものの、論文試験に失敗。ここで受験勉強をきっぱりやめ、再就職することを決意する。「もう1年頑張れば論文試験にも受かるのでは。ここで止めたらもったいない」と受験生仲間には言われたが、「今はそれがベスト」と判断した。

求人誌を開くと、IPO(新規株式上場)担当者を募集している企業を見つけた。「試験は落ちたが、知識は得た」と考え、GMOインターネット(当時:インタキュー)に入社。IPOプロジェクトチームのメンバーとなった。
連日会社に泊まり込んで働く日々を過ごし、入社から1年11ヵ月後、無事IPOに成功。その翌年、今度は役員として子会社のIPOを手がけた。会社設立から364日で上場という当時の史上最短記録も打ち立てた。IPOのエキスパートとなった島影の年収は3倍以上に跳ね上がり、他のIT企業や証券会社からスカウトも受けるようになった。

そのまま「IPO請負人」としての道を歩む選択もあったが、島影はここでまた別の方向に「成長」を求めた。それは「アメリカ留学」という道だった。ネットの技術やビジネスの革新はアメリカが先行している。そしてインターネットの時代に英語は不可欠と考えた。

周囲からは再び「もったいない」の声が聞こえた。「ここまでキャリアを積み上げたのに、ブランクを作るのか」と。それでも、GMOの熊谷社長に「留学したい」と申し出ると、願いが受け入れられ、すぐに社内留学制度が新設された。その第1号となった島影は、1年間日本で英語の勉強をやり直し、その後2年間ビジネススクールに留学した。

ステキ・インターナショナル株式会社 代表取締役 島影 将

Profile

1991年、千葉大学園芸学部農芸化学科卒業。野村證券株式会社に入社し、証券営業を務める。
退職後、公認会計士資格の取得を目指して約1年半勉強。

1997年、GMOインターネット株式会社(当時:インターキュー)に入社し、IPOのプロジェクトチームに所属し、IPO目標の達成に貢献する。

その後、役員として子会社のIPOを手がけた後、米国イリノイ大学に留学し、修士号を取得。帰国後、社長秘書を経て、子会社立ち上げの準備を進める。

2005年、紆余曲折を経て独立し、ステキ・インターナショナル株式会社を設立する。

Contact

ステキ・インターナショナル株式会社

東京都渋谷区神宮前6-29-3 原宿KYビル8F

http://steki.in

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