「チャレンジしない私は
私じゃない」。
保険のプロという枠を越え
人の役に立つ存在になる

プルデンシャル生命保険株式会社

飯岡 佳穂子Kaoko Iioka

港南支社 ライフプランナー/主任

剣道歴31年で身に付けた
「絶対にあきらめない」精神

人との距離を縮め、本音で付き合える
パートナーになる

9年目で花開いた剣道の実力。「日本一」を目指し、実現した

6月、飯岡佳穂子はダイニングバーを借り切り、自らのバースデーパーティを開催した。50人以上のゲストを迎えた飯岡は、ドレスではなく割烹着姿。自分を祝ってもらうよりも、集まった友人・知人同士を引き合わせる「世話人」「仲介人」として働き、打ち解けやすい空気をつくるためだ。「自分を介し、人と人がつながっていくのが楽しい」と言う。

飯岡はプルデンシャル生命保険株式会社に所属するライフプランナー。顧客や知人からお客様を紹介されることが多いが、「保険に入りたいわけじゃないんだけど、『面白い人がいるから会ってみないか』と言われて会うことにした」とよく言われる。

「面白さ」のポイントの一つは、見た目と中身のギャップ。第一印象は、凛とした宝塚の男役スター風。しかし話し始めるとどんな話題にも対応し、遊びの話から恋愛話まで、くだけた話題で盛り上がる。一方、ビジネスや経済、歴史など、堅い話題にもついていく。相手は「この人には何でも話していいんだ」と肩の力が抜け、本音を話しやすくなる。

相手が年下の場合、面談を終える頃には、呼び方が「飯岡さん」から「姐さん」に変わっていることも。1時間ほどの雑談の後、保険の話は20~30分で終えるが、「楽しかった」「また会いたいです」と、次へつながっていくのだという。

短時間で相手との壁を取り除き、打ち解けた関係を築く――その秘訣は、「相手との間合いを測る」という飯岡の特技にありそうだ。その力は、6歳から現在まで続けている剣道によって培われた。

高校時代にはインターハイ団体優勝、全国選抜大会団体第3位、大学時代には関東学生大会団体2位。社会人になってからも会社の剣道部に所属し、全日本実業団大会準優勝と、華々しい経歴を持つ。

しかしながら、最初から「剣道エリート」ではなかった。運動神経は鈍く、身体の線も細く、対戦ではあっという間に打ち込まれて1、2回戦止まり。それでもあきらめることなく、稽古や自主トレを黙々と続けた。そして剣道を始めて9年、中学3年生にしてようやく花開く。試合で勝てるようになり「全国」が見えてきた。

「もしかしたら剣道で自分の道が作れるかもしれない」。中学卒業後、故郷の岩手を離れ、山形の剣道の強豪校に進学。監督の家で合宿生活を送った。朝5時半に起床し、掃除と洗濯を終えて学校に行き、朝練。午前の授業の後、昼は道場でお弁当を食べた後に素振り。午後の授業後も稽古とウエイトトレーニング。帰宅すると食事の支度をして食べて片付け、5分でお風呂に入って寝る。外出を許されたのは月1回・1時間程度。「地獄の3年間だった(笑)」と当時を振り返る。

「ただただ日本一になりたかった。その目標はブレずに持ち続けました。日本一厳しい稽古を続けていれば、必ず日本一になれると信じていましたね」

しかし、強豪校だけに周りは全国から集まったトップクラスの選手ばかり。自分は無名に近い底辺レベルだった。その中でまずはレギュラーを取る。試合に出るからには勝つ。レベルの高いライバルたちと競い合うことで、自分の力を伸ばした。

稽古量では差はつけられない。もともと運動神経に恵まれているわけでもない。では、どうやって生き残るのか。飯岡は「身体的に劣るなら、メンタルで勝負しよう」と考えた。剣道では対戦相手との駆け引きも重要な要素だ。ならば、自分は「間合い」を読むことで勝つ技を磨いていこう。高校3年間、そこに集中して自分の得意技としていった。

相手の微妙な表情や動きを観察し、呼吸を合わせる――この頃に身に付けたことが、今も対人コミュニケーションに活かされているのかもしれない。

                 前職の剣道大会で

Profile

1981年6月生まれ。出身は岩手県。三陸の海沿いの町で生まれ育つ。高校時代は山形県で過ごし、上京して早稲田大学に入学。卒業後、NTTコミュニケーションズ株式会社に入社し、サービス企画やマーケティングを務める。2016年6月、プルデンシャル生命保険株式会社に転職。ライフプランナーとして、その人の人生設計に応じた保険をオーダーメイドで提供する。特技は剣道。趣味は食・お酒・ファッション・ゴルフ・釣り。5歳の息子を育てるシングルマザーでもある。

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港南支社 第一営業所

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