新しい価値基準を創造し、
すべての人の適材適所を
実現させる

ディグ株式会社

守岡 一平 Ippei Morioka

代表取締役

人を深堀りする能力が身に付いたマネージャー時代

小学生の頃から、「田舎に笑いを届けたい」という想いを持つ守岡。人口の少ない和歌山県かつらぎ町で生まれ育ち、豊かな自然に囲まれ家族や友達と遊んだ日々。地元が好きだからこそ、「そこに住む人たちに笑顔でいてほしい」と願って生まれた想いだ。

教育熱心な母親の方針で、小学3年生の頃から片道1時間半かけて和歌山市内の塾に通い、地元では珍しく和歌山県内でも名高い中高一貫校へ入学。高校卒業後は、「田舎に笑いを届けたい」という想いを実現するため、東京の大学への進学を決意。エリート街道を思い描いていた守岡だが、志望していた大学に落ちてしまい、浪人生活を送ることに。さらに、名門校出身である自分の学力を過信していたことが裏目となり、予備校で受けた一斉テストは、散々な結果に終わった。

「屈辱でしたが、そのとき初めて自分が賢くないのだと思い知ったんです。周りにいる浪人生たちも、僕より賢い人しかいませんでした。現実を受け入れることができず、そこから猛勉強を始めました。結果、明治大学に合格することができ、上京しました。その屈辱がなければ、合格は難しかったかもしれません」

「田舎に笑いを届けたい」という想いを実現すべく、就職活動ではテレビ局、中でもキー局を志望。「テレビであれば、放送という手段を使い届けることができる」と考えたからである。しかし、内定をもらうことはできず、「ならば、キー局と対等な立場で付き合うことができる会社で働こう」と思い入社したのが、テレビで活躍するタレントが多数所属する株式会社ホリプロだった。

芸能人に囲まれる華やかな社会人生活を想像していた守岡を待ち受けていたのは、それとは正反対の環境だった。入社後にマネージャーとして就いた有名タレントから、求められる仕事の量や質をこなすことができず、毎日のように叱られ、「すみません」を繰り返す日々。月日の経過で慣れるばかりか、緊張感は増すばかり。守岡にかかるプレッシャーは計り知れず、ついにはそのタレントに「歴代最低のマネージャーだ」と言われ、顔を合わすのも憂鬱なほどになってしまった。それでも会社を辞めずに1年半の間マネージャーを勤めあげたことは、その後の守岡の糧となっている。

「当時は毎日苦しいことばかりでした。自分の意見も伝えられずストレスが溜まり、空回り状態だったと思います。ですが、そこから得られたこともあるんですね。いつもタレントの行動や表情をうかがいながら接していたことで、人の心理を察知する能力や深堀りしていく能力が身に付きました。だからこそ、ディグでは社員のことも考えながら会社経営に励むようにしよう、と考えるようになったのだと思います」

Profile

明治大学商学部商学科 卒業 新卒にて株式会社ホリプロ入社。タレントマネジメントに従事。株式会社マイナビに中途入社し、新卒採用のコンサルティングに従事。500社以上の新規開拓を行い、当時最年少営業部長に抜擢される。7期連続で個人だけでなく部署でも表彰される成績を残す。2016年ディグ株式会社設立。代表取締役就任。

Contact

ディグ株式会社

東京都渋谷区宇田川町10番2 いちご渋谷宇田川町ビル 9階
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