自分に合う場所で生きるって大事

Infopot.Inc セブポット代表 佐藤 ひろこ

佐藤 ひろこHiroko Sato

Infopot.Inc

セブポット代表

2015.06.05

女性が女性らしく、私が私らしく

私が大学生の時は、バックパッカー全盛期でした。私もヨーロッパを中心にトータル約30ヵ国を旅して、3年生の時には、当時は日本人には非常に珍しかったマルタ島に1年間留学しました。海外だからハードルが高いといった先入観を、早めに取り除きたいと思っていました。大阪から京都に行く、マルタに行く、沖縄に行く。どれも同じ「一歩」としての感覚で捉えられるようになりたかったのです。そして大学の卒業が近づいた時、好きな事よりも「自分が一番苦手なこと」をしたほうが、その後の視野が広がると思いました。そして、私にとってそれは「日本で働くこと」でした。

私は小さい頃から、いわゆる勉強ができる優等生だったのですが、「皆一緒」という雰囲気に馴染めず、学校が苦手でした。小学校5年生の時には、自分は勤め人ではなく、独立して自らの力で仕事をしたい、いつかここから外に出て暮らしたいと思っていました。その後の学生時代もその気持ちは変わりませんでしたが、だからこそ社会人の第一歩は、日本で就職してみようと思ったのです。せっかく入るならと入社が難しくてものすごく働かなければならないベンチャー企業をあえて選びました。

当時の就職人気ランキングで20位内に入るほど人気のある会社で、人材としても優秀な人が集まっていました。当然の競争社会に、毎日残業代なしで働いて終電で帰る日々。これを1年繰り返したら、鬱になるほど心身ともに疲れ切ってしまいました。ただ、この会社で働いて本当に良かったと思うのは、同期に「日本のベンチャーという職種において優秀な社員とはこういう人のことを言うんだな」と心から思える人に2人出会えたことです。今後ここで頑張っても彼らを越えることはない、自分は自分らしく輝ける分野で頑張ればいいと、素直に思えてすっぱり辞められました。

その後、休息時間として、アーユルヴェーダやハーブの勉強をしました。癒しビジネスならこの先10年は仕事ができそうだなと、今度は自分が好きな暖かい国で、癒しに関わる仕事をしようと探したのがセブ島との出会いです。ネットで見つけた、セブの日系リゾートのスパ・マネージャーの募集のインタビューを受けに、初めてセブ島に来ました。特別アジアに興味があったわけでも、ましてやフィリピンに来た事もありませんでした。英語レベルは仕事ができるには程遠いレベルでしたが、学生時代の経験が生かされてか、「海外で働く」という事自体は大きなことではなくなっていました。

リゾートの中でもスパだけは別会社になっていたので、マネジメントから、デザイン、メニュー作り、スタッフの指導、商品開発の他にも、営業、経理、労務関係まで一連の内容を任せてもらえました。この3年弱の経験が、フィリピンで起業しようと思えた土台になりました。

幼い頃から、独立、起業すると決めていた私が、ここならいけるかも!と思った理由がいくつかあります。まずは英語が話せること。非ネイティブスピーカーのビジネス英語レベルを測るEBI指数において、フィリピンは世界一です。話す英語はくせが少なく、フィリピン人の英語力の高さはとても魅力的でした。また、治安の良さや物価の安さ、親日国であることも大切ですが、何より重要なのはまだ何もない事への可能性の高さです。実際に始めた情報業も、世界中にフリーペーパーは溢れていて、日本のマーケットではすでに淘汰されていますが、フィリピンにはこうしたサービスも概念がありません。このアドバンテージを生かして、次に流行るものや、どんなサービスが受けるのかなど、ある程度は掴めました。成功例も失敗例も含めて取り入れやすかったのです。

そして最後に、私にとって最重要視することは、女性が輝く社会だということです。フィリピンは世界で最も女性管理職が多い国で、働く人の半数以上が女性です。日本のベンチャーで働いていた時も女性の多い職場でしたが、管理職となるとほとんどは男性。女性が上に行くのには、子育ても、家事も、仕事もこなし、どこか「無理して頑張っている」というイメージが拭えませんでした。

しかし、セブの会社を訪問するとマネージャー以上はほとんど女性で、しかも仕事面で男性と競うこともありません。女性が女性らしく輝いていて、子どももどんどん産む。ここなら、私らしく生きられると思いました。学生時代に、あれだけいろいろな国を巡ってきたのに、日本からたった4時間のところにこんな場所があったのかと、セブ、フィリピンのポテンシャルの高さに、驚くばかりでした。

日本人のセブのイメージを変えよう

最初にセブに来た時から、リゾート地なのに空港に英語表記のマップもないし、日本語の情報誌もまったくなく、情報が足りないとは感じていました。3年間暮らしていても、近所にどんな店ができたといったことも分からず、情報はまだ新聞とラジオとクチコミに頼っていました。それなら、情報業が面白いかもしれない。私が感じているリアルなセブを伝えたいと、フリーマガジンとウェブを使った情報業を立ち上げる事にしました。

2007年に『セブポット』誌を発行し、同時にウェブサイトもオープンさせましたが、もちろん編集の経験も知識もなく独学で、大変なことばかりでした。当時のセブは、お金を払ってまで広告を出すことが一般的ではなかったので、オーナーさんに理解してもらうことから始まりました。印刷コストが日本よりも高いうえ、広告費が日本のように取れないこともあって、フリーペーパーは意外と経費がかかり、最初は赤字続き。「来月やめよう」と毎月思っていましたが、諸先輩方に、「情報業はビジネスの中心になる。今は大変だろうけど、ギリギリまで辞めずに頑張りなさい」とアドバイスをいただき、国内景気も伴って、ようやく2年目から、軌道に乗り始めました。

思いだけは強かったのですが、お金もコネも実績もなかった私に、多くの地元企業の皆さんが助けてくださった事に今もとても感謝しています。創刊号の裏表紙にフィリピントヨタ自動車さんが広告掲載してくださったり、今も家族ぐるみで交流のあるドライマンゴーの最大手の会社の社長さんは「私も若い頃に日本の企業と取引をしてこうして大きくなり、感謝している。今まで日本人とビジネスをして嫌な事や騙されたことは一度もない。今度は私が貢献する番だ」と言ってサポートしてくれました。日本にいたら出会うチャンスがないような大企業の代表の方とも、直接お話しできたのは海外ならではだと思います。

日本製品に対するブランド力、日本人は信用できるし約束を守るなど、フィリピンではとても日本に対するイメージが良好です。それは当然私が作ったものではなく、上の世代の日本人が築き上げてこられた「日本ブランド」に対する恩恵を、今私たちは受けることができています。「私たちの次の世代にも日本人はこのように思われているだろうか?」。私たちがこうして海外で暮らし、仕事をする中で、この評価を次の世代へ受け継いでいかなければならないなという、責任感も生まれました。

現在は、日本からいらした皆さんを多方面からサポートできる情報業の強みを生かして、ビジネスコンサルやビザや会社設立サポート、不動産、賃貸管理事業などを行う別会社を設立し、この国のマーケットと、ここでビジネスをしたい方、住みたい方などをマッチングしています。ようやく育ってきた国内マーケットで、私たちの得意分野である、新しい広告事業も現在立ち上げ準備中です。セブにはまだないサービスや、ビジネス、商品がたくさんあり、日々ワクワクしています。

佐藤 ひろこ

Profile

1978年、大阪府生まれ。
2004年、セブ島日系リゾートでスパマネージャーとして働く。2007年、ウェブとマガジンを使った、セブ島唯一の総合情報媒体「セブポット」Pinaka Pot Distribution, Inc.を創業。2014年、セブポットを運営するメディア事業「Infopot.Inc」、ビジネスコンサル、会社設立、賃貸・管理不動産、ビザサポートなどの直接サービスを行う「TheHatena Solutions Inc.」、インベストメント・ホールディング会社「Cou.A Investment Holding Inc.」の3社に分社化。情報業で培った人脈と最新の情報をもって、多くの日本人の起業進出をサポート。起業家としてだけではなく、2児の母親として、海外移住・親子移住などの相談サポートも行っている。

Contact

Infopot.Inc

2F Henry Hotel, Maria Luisa Road, Banilad Cebu City
http://cebupot.com

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