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メットライフ生命保険株式会社 ライフプランコンサルタント 藤田 寛一

メットライフ生命保険株式会社

藤田 寛一Hirokazu Fujita

ライフプランコンサルタント

2017.05.25

居酒屋の社員から
保険のトップセールスへ
信頼は絶対に裏切らない。
一生保険の営業として、
顧客の人生を支えたい

人と人として、理解と信頼を深めるところからスタート

「藤田君、家をリフォームしようと思っているんだけど、いい業者さんいないかな」「車を買い替えたいんだ。お勧めの中古車屋さんはある?」「飲み会を開きたいんだけど、幹事をやってくれない?」「気になっている女性がいるんだけど、プレゼントを一緒に選んでくれないかな」――藤田寛一のもとには、いろいろな相談が寄せられる。

藤田の本業は、ライフプランコンサルタント。メットライフ生命保険に所属し、生命保険のコンサルティング、プランの提案を行っている。優秀な保険セールスパーソンに与えられる「MDRT(※)」の称号も取得している。

※MDRT(Million Dollar Round Table)/世界70の国と地域の500社以上で活躍する4万9500名以上(2016年8月現在)の会員を有する、生命保険と金融サービスの専門家による国際的かつ独立した組織。MDRT会員は卓越した商品知識を持ち、厳しい倫理基準を満たし、優れた顧客サービスを提供している。

藤田が目指すのは、お客様にとって「何かあったときは、とりあえず藤田くんに相談してみよう」と思ってもらえる存在になることだという。

「信頼関係が根底にないと、保険以外のことまで相談しようとは思ってもらえないですよね。何か課題が持ち上がったときに僕を思い出して声をかけてもらえると、うれしくて自然と体が動いてしまいます。一方、本業である保険に関して自分が必要とされるのは、お客様が入院されるなどした場合。支払い手続きを行い、『すぐに動いてくれてうれしかった』という言葉をいただいてお役に立てたと実感できたとき、体も気持ちも弱ってしまっているお客様に寄り添い、支えとなれたとき、この仕事をしていて良かったと思います」

藤田は、顧客に初めて会うとき、保険の話はしない。相手の仕事のこと、趣味のこと、家族のことなどを聞き、相手を知ることにじっくりと時間をかける。同時に自身のこともオープンにする。お互いに理解を深めてから、保険の話に入るのだ。

新規顧客の約9割は、すでに何かしらの保険に加入している。現在の保険契約内容を確認し、良い内容であれば、「このまま続けてください」と伝える。

しかし、保険料が定期的に上がることを認識していなかったり、期限があるプランを一生保障だと思い込んでいたりと、加入している保険について正しく理解していない人が意外と多い。藤田は、「もったいない」ポイントを発見した場合は指摘し、よりそのお客様のニーズに合う保険プランを提案する。

何に一番困っているのか、どういう保障内容を望んでいるか。予算内でベストなプランを見極めるために、とことん相手を掘り下げていくのが、藤田のスタイルだ。

メットライフ生命保険株式会社 ライフプランコンサルタント 藤田寛一

かつて家族を苦しめた「保険」と、運命的な出会いを果たす

大阪で生まれ育ち、中学時代から奈良に移り住んだ藤田。子どもの頃から野球に没頭し、プロを目指して真剣に取り組んでいた。ところが高校に入ると、後に福岡ソフトバンクのエースとなる斉藤和巳がいた。1年と3年という学年差を差し引いても余りある圧倒的な力の差を見せつけられ、挫折した。

プロ野球選手になる夢をあきらめた藤田は、キャンパスライフに憧れ、猛然と勉強を始める。得意な英語を活かし、関西外国語短期大学に合格。バレーボールサークルに所属して四季のイベントを楽しむかたわら、コンビニ、ガソリンスタンドなどのアルバイトを掛け持ちして資金を貯め、カナダへの短期留学も経験した。思い描いていた通りの楽しいキャンパスライフを満喫してきた。

ところが、二度目の挫折が待っていた。失恋のショックで1ヵ月寝込み、その後も勉強に身が入らず、ついには大学を中退してしまったのだ。

親のコネで飲料メーカーに事務職として入社するが、気持ちはフワフワしたまま。商品を整理し、在庫を数え、売上の計算をする――同じ仕事を淡々と繰り返す日々を2年間過ごすと「このまま一生を終わるのは嫌だ」という気持ちが湧いてきた。

そんなある日、テレビを見ていると成長中の居酒屋チェーンが紹介されていた。「おもしろそう」と直感した藤田は、「飲食は大変やぞ」という周囲の反対を押し切り、その居酒屋チェーンに転職した。25歳のときだ。

ここで、「接客」の仕事の醍醐味を知った。盛り上がっている宴席に料理や飲み物を運び、お客様と一言二言のやりとりをして笑い合えるのが楽しかった。常連のお客様からは旅行のお土産をもらったり、「藤田くんがいるから、いつも来んねん」と声をかけてもらったりするようになり、8年間楽しく仕事をしていた。

しかし過酷な労働環境に「この仕事では将来家庭を持つのは難しい」と感じるようになる。営業職に挑戦してみたい気持ちもあり、今度はリフォームメーカーに転職した。

自身が受注したリフォーム案件の施工前に、周囲のお宅に営業を兼ねて挨拶回りに行ったときのことだ。とあるお宅で奥さんと話が弾み、「うちの主人に会ってみないか」と言われて再訪すると、ご主人はメットライフ生命で営業職のスカウトをしている人物だった。「入社からたった3ヵ月で、それだけ喋れれば大したものだ。メットライフの採用試験を受けてみないか」と誘われた。

あとから聞いたところによると、その奥さんは頻繁に訪れる飛び込み営業を全て拒んでいたのだという。しかし、藤田の訪問はごく自然に受け入れられ、世間話も含めて1時間も話し込んだ。「私が何のストレスもなく1時間も営業の人と話したのなんて初めて。見どころがあるから、あなたスカウトしてみたら?」とご主人に推薦したのだという。

スカウトを受け、「頑張れば報酬に反映される仕事」という点に惹かれた。しかし、保険に対して、藤田はネガティブなイメージを抱いていた。かつて祖父が亡くなったとき、あてにしていた生命保険が下りず、当時学生だった父が経済的な苦労を強いられたという話を聞いていたためだ。その保険契約は、祖父以外の家族は条件を把握しておらず、気付かぬうちに失効していた。保険会社の担当者が1本連絡をよこしていさえすれば防げたはずの手違いだった。

そんな過去から、藤田の家族は保険会社に不信感を抱いており、保険セールスへの転職にも反対された。しかし藤田自身は、会社説明や面接を通じて考えが変わっていった。

「ちゃんと仕事をすれば、ちゃんと契約者を守れるんだ、と気付きました。僕は、おじいちゃんの担当営業のようなことは絶対にしない。最後まで辞めずに寄り添おう。活躍できなかったら退職するとか、そんな理由で投げ出すものか、と心に決めたんです」

メットライフ生命保険株式会社 ライフプランコンサルタント 藤田寛一

Profile

1979年、大阪府東大阪市生まれ。中学以降、奈良県で暮らす。関西外国語大学短期大学部を中退後、大手飲料メーカー、居酒屋チェーン、リフォーム会社での勤務を経て、2014年、メットライフ生命保険株式会社に入社。2017年度、MDRT成績資格会員となる。

Contact

メットライフ生命保険株式会社

奈良県奈良市大宮町6-3-3 富士火災奈良ビル7F

0742-36-5921

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