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「伝説の営業マン」

ファーストヴィレッジ株式会社

市村 洋文Hirofumi Ichimura

代表取締役社長

小さな習慣の積み重ねが、非凡な業績を生んだ

そもそも市村が群を抜いた営業成績を挙げてこられたのは、天性のセンスや小手先のテクニックによるものではないようだ。ひたすら地道に、小さな仕事を必死でやる。それを積み重ねてきた。

飛び込み営業で1日40枚の名刺を集めるため、毎日足を棒にして歩き回った。40枚集めて帰社し、同僚が42枚集めたと聞くと、「今日中にあと3枚集めて勝つ」と決め、社員寮までの道すがら、飛び込みをしながら帰った。

朝は誰よりも早く6時に出社し、日経新聞ほか、朝日、読売、産経、その他業界新聞に至るまで目を通した。株価が上がりそうな記事・下がりそうな記事をスクラップし、お客さまごとに、求めている情報を選んでFAXを送信。すると市場が開く9時前に注文が入った。

「凡に徹すれば非凡になる。当たり前のことをきちんとやっていくと、非凡となるような成果につながるものです」

なぜ、それほどまでに頑張れたのか。「絶対に金をつかんでやる、という野心があった」と市村は振り返る。

市村の両親は茨城北部に生まれ、東京に家を建てる夢を描いて上京。父は自衛隊の前身である警察予備隊に所属し、学歴がないため昇級試験を受けて一歩ずつ上に上がっていった。母はパートを3つかけもち。努力する両親の後ろ姿を見て育った。

自衛隊官舎に入ると、上の階級の家庭の子が、自分たち家族よりずっと広い部屋に住んでいる現実を見せつけられた。「狭い家から脱出したい。そのためには偉くならなければ」という気持ちが、マグマのように溜まっていったという。

大学に入った市村は、スキーツアーやサーフィンツアーを企画してヒットさせ、大金を手にした。卒業後、そのまま起業家の道を歩むこともできたが、あえて厳しい「仕事」の現場に身を置いて自分を鍛えたいと考え、当時「日本一過酷」と言われていた野村證券に入社したのだ。

以来、「営業道」を極めてきた市村。やがて、一つのことを掘り下げると、みな同じところに行き着くと気付いた。

「嘘をつかない、逃げない、不誠実なことをしない。それを守りながら努力を続ければ『清冽(せいれつ)な地下水』にぶつかります。京セラの創業者である稲盛和夫さんの言葉を借りると、誰にも負けない努力を続け、到達する境地のこと。その地下水はどこから掘っても、最後は同じところに到達する。だから、一つのことをとことん突き詰めることが大切だと、私は考えます」

市村は今も、社員よりも早く6時に出社している。8時からの朝礼で話すための資料を2時間かけて準備するのだ。そして誰よりも忙しく外交に飛び回る「現役営業マン」でもある。

Profile

1959年、北海道生まれ。

立教大学社会学部在学中に年間1000台のバススキーツアーを企画。4年間で60億円を売り上げ、学生起業家の走りとなる。大学卒業後、野村證券入社。新宿野村ビル支店時代に引き継いだ預かり資産を20億から2000億に増やすなど、手腕を発揮。個人で月間投信販売額500億円、月間手数料収入6億円の記録を樹立。その後、最年少で大森支店長に抜擢され、以後、本社営業企画部等を歴任。KOBE証券の専務取締役にスカウトされ、その後社長として、預かり資産1兆4400億円を集め、KOBE証券を一人当たりの預かり資産で野村證券を抜くまでに成長させた。また、独立証券でありながら、証券会社リーグテーブルで第12位(2003年度)につけ、2006年3月に株式公開を果たす。時価総額400億円を達成。公開時のKOBE証券グループ総勢2500名。

2007年4月よりファーストヴィレッジにて代表取締役社長として、日本最大のビジネスマッチング及び顧客紹介企業の実現を目指した経営コンサルティングを行い、再度株式公開を目指す。

Contact

ファーストヴィレッジ株式会社

本社/東京都中央区銀座 8-5-25 第2三有ビル 4F/5F/6F

http://firstvillage.co.jp/