やるべきことをやれば結果は必ずついてくる
株式会社エイ・エヌ・エス 代表取締役 赤澤 博史

株式会社エイ・エヌ・エス

赤澤 博史Hirofumi Akazawa

代表取締役

2015.10.06

周囲を納得させるため死に物狂いで働いた3年間

当社は私の父親が設立した企業で、今年で26年目となります。当初はコンピュータの共同利用サービス事業を中心に行っていました。設立当時はハイスペックのコンピュータがかなり高額でしたので、当社が1台導入し、それを回線経由で5社程度に共同利用してもらうサービスです。今で言うクラウドのような感じでしょうか。

私は父の会社を継ぐ気持ちはまったくなかったですし、高校時代には母から「お前は何もできない」などと言われ、ふてくされていた時期もあります。その言葉を覆したくて、高校3年生の冬からスキー場での住みこみアルバイトを始め、大学時代もシーズンごとにその仕事を続けました。かなり力を入れたこともあって、一番責任のある立場も任され、一つの仕事を極めた達成感を初めて味わいました。

もっとも、アルバイトばかりしていたこともあって、大卒時の就職活動はあまり芳しくありませんでした。結局、内定がもらえたのは1社だけ。ただその会社で働く自分が想像できなかったため辞退し、父の会社で働くことに決めました。父からは「才能がないと判断したら、すぐにでも辞めさせる」と言われていました。

そのため、最初の3年間は死に物狂いで働きました。もともと私は文系なので、コンピュータに関連する知識を一から学ばなければなりません。その上、先輩方からは「社長の息子」という色眼鏡で見られます。父や先輩方を納得させるには、いろいろな意味で彼らを追い抜かなければなりませんでした。

ですから、土日出勤は当たり前、正月休みもとらずに働きました。考え方がまだ子どもだったこともあり、気持ちは完全に戦闘モード。ジャックナイフのようなピリピリ感を漂わせ、仕事に臨んでいました。結果的に、3年で周囲を納得させることができました。

その後、28歳で結婚し、新婚旅行から帰った時のことです。父からいきなり「鍼灸学校に入学するので、来年4月から会社に来られない。俺は引退する」と言われました。おそらく、私が結婚の準備で忙しいのを見計らって、引き際を整えていたのでしょう。私はまんまと父の策略にはまり、突然社長になりました。8年前のことです。

企業は社会のもの、お客様と社員のもの

社長に就任して3年間は、何もできなかったというのが本音です。人間は誰かから何かを継承すると、それを維持・保全することに意識が向きます。私もまずは契約の継続などを優先し、父と同世代の既存のお客様とお付き合いしていました。

しかし、それでは会社に未来がありません。もちろん、既存のお客様は大切にしないといけませんが、同時に新たなお客様を開拓する必要があります。そこで、4年目からは現在のビジネスモデルや海外進出などを視野に入れて、積極的な事業展開を開始しました。

現在の主な事業は、一般企業向けの基幹業務システムの開発です。基幹業務システムとは、たとえば銀行ならばATM、鉄道ならば発券といったように、各企業の心臓部にあたるようなシステムのことです。それだけに、責任重大な仕事です。

このようなシステムはどんな企業でも必要なため、パッケージ化された商品も数多くあります。しかし、それでは使い勝手が悪いケースも発生するため、当社ではその企業の業種・業態や特性に応じた、オーダーメイドのシステムを開発しています。分かりやすく言えば、注文住宅の工務店のような存在として、お客様の理想のマイホーム(=システム)を建てるのが当社の仕事です。

当社の大きな特徴は、納品時点では全額料金をいただかないことです。通常、基幹業務システムの導入には数千万円単位のコストがかかり、企業にとっては大きな負担となります。そこで当社では、システム開発料、保守料、インフラ整備料などをすべて含めた料金を5年間に分割し、月額使用料だけでオーダーメイドのシステムを提供しています。

このようなビジネスモデルの根底にあるのは、「先義後利」(やるべきことを優先し、利益は後から得ること)という考え方であり、お客様に潤ってもらうことで、当社にも利益が入るという「共存共栄」を目指しています。

また、私の発想の根本には「企業は世の中の公器」という考え方があります。利益を上げ、国に税金や社会保険料などを支払うことで日本という国家は運営されています。そしてまた、社員に賃金を支払うことで、個人も税金を納めて社会を支えています。

したがって、企業は経営者のものではいけません。経営者が「自分のもの」と思った途端、「儲けたい」「勝ちたい」といった欲求が生まれ、それが達成されないと社員の解雇や、商品の品質を下げるといった本末転倒の事態が起こります。「赤澤の会社」ではなく、あくまで社会のもの、お客様や社員のものとして、私が死んだ後も会社を存続させなければなりません。

それが日本の未来を創ることに?がります。現在の社会は、多くの先輩方が頑張ってくれたから存在しており、私たちが築いたわけではありません。同様に、私たちがなすべきことは、ビジネスを通じて未来に貢献していくことです。これらの意味合いを込めて、昨年、「めざす明日を、共につくる。」というブランドメッセージを発信しました。


Profile

1978年、東京都生まれ。大学卒業後、株式会社エイ・エヌ・エスに入社。エンジニアとして、多数の新規プロジェクトに参画。
その後、プロジェクトマネージャーを経て、2007年に代表取締役に就任する。2010年、システムアウトソーシング事業を新たにサービス化した「IT-Trust」を開発し、業界の注目を集める。2011年、企業の利益アップをサポートする「IT-Trustセミオーダー版」を新たにリリース。2012年8月にはベトナムに進出し、オフショア開発事業に取り組んでいる。趣味は、ゴルフ、食べ歩き、旅行(石垣島など)。ブログ更新中→http://ameblo.jp/ans-net/

Contact

株式会社エイ・エヌ・エス

東京都中央区新川2-1-5 THE WALLビル6F(2015年10月より)
http://www.ans-net.co.jp/(IT-Trustサービスサイト)
http://www.ans-corp.jp/(基幹システム・オーダーメイド開発の専門会社ANS)

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