コンサルティング会社を再定義する

株式会社 エル・ティー・エス

樺島 弘明Hiroaki Kabashima

代表取締役社長

会社の危機により突然社長に就任

本来、私は起業などまったく考えていませんでした。

大学卒業後、私はある外資系保険会社に就職しました。その後、コンサルティングも手掛けるITベンチャーに転職し、大手金融機関や製造業の営業改革をお手伝いしていました。ところが、自社が経営に行き詰まり、プロジェクトの停止という事態に陥ったのです。

事業停止により、私たちが失業することはかまいません。しかし、小さなベンチャー企業に仕事を依頼した、クライアントの担当者に多大なご迷惑をおかけするのは何としても避けたかった。そこで、私たちはプロジェクトを担当していた6人で受け皿となる会社を設立し、その仕事を丸ごと引き継いだのです。

半年ほどでそれがうまくいき、なんとか責任を果たせました。ようやくホッとしたのも束の間、今度は創業メンバーの社長が体調を崩して仕事ができなくなるという事件が発生しました。同時に銀行からは「引き落としができない」という連絡。慌てた私たちが口座を確認すると残高は僅わ ずかで、財務諸表を見ると大赤字。しかも株主企業に7000万円もの借金がありました。

もはや倒産は避けられない状況でしたが、私たちには「まだ何もやりきっていないのに、会社をたたむのは嫌だ」という思いがありました。そこで、倒産を覚悟の上で私が社長に就き、事業の継続を決断したのです。

でも「やるだけやって、ダメなら仕方ないよね」という軽い気持ちでは絶対に上手くいきません。私たちは、自分自身に覚悟を問うために、3ヵ月間は給料ゼロ。向こう1年の給料は、社会人1年目水準と定めて走り出しました。

それによって腹が据わった私たちは、まさしく寝る間も惜しんで働きました。1年間の休日も3、4日程度。まだ27歳前後とみんな若かったため、たまに飲み会などもしていたのですが、夜10時に終わるとそのまま会社に戻って仕事をしたりもしました。

メンバーはもともと優秀な人間ばかりでしたので、本気を出せば風向きが変わります。それがお客様にも伝わったのか、大きな仕事が次々と舞い込み、7000万円の借金は1年半で返済しました。必死な毎日でしたが、今考えると、たくさんの難問に真正面からぶつかる日々はとても貴重で楽しい経験でもありました。

Profile

1975年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業後、 ING生命保険株式会社入社。
その後、ITベンチャーにて営業担当ゼネラルマネジャー。
2002年3月にLTS設立に参画し取締役に就任。同年12月より現職。

Contact

株式会社 エル・ティー・エス

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