やりたいことを精一杯やろう
株式会社アルテックジャパンホールディングス(現:株式会社SPinno) 代表取締役会長 松原 秀樹

株式会社アルテックジャパンホールディングス(現:株式会社SPinno)

松原 秀樹Hideki Matsubara

代表取締役会長

2015.04.03

いつかは起業してリベンジしたい

印刷工場を経営していた父のもと、跡継ぎとして育てられたので、物心がついたときから社長になるものだと思っていました。その父が事業に失敗。お家再興ではありませんが、いつかは起業してリベンジしたい、という気持ちがどこかにあったのかもしれません。

高校卒業後は語学専門学校へ進学。誰もが英語を学んでいた時代に、敢えて誰も学ぼうとしない中国語を専攻しました。北京への語学留学も経験して帰国、共産国である中国との取引に力をいれていた貿易商社へ入社しました。中国への出張も多く、楽しくやりがいもありました。ただ、1985年のプラザ合意を契機に急激な円高ドル安となり、輸出業は大打撃。為替変動に一喜一憂する仕事に、「これは自分のやりたいこととは違うのでは」と疑問も出てきました。

貿易業で独立することも考えましたが、語学力では帰国子女にはどうしても勝てない。何が自分にできるか考えていくうちに、幼い頃から馴染みのある印刷業界が頭に浮かびました。商社時代の経験から、為替リスクがない事業を考えていたのですが、当時、円が高騰したせいで輸入品が急増して多くの日本企業が窮地に追いやられる中、印刷業界はその影響を受けず、安定経営が望めることも、大きなメリットでした。結局、最初の会社には4年半勤めて、転職することになりました。

 

99.9%成功するという根拠のない自信

将来の独立のために、修業のつもりでシルク印刷の会社へ転職しました。シルク印刷とは、水と空気以外は何にでも印刷できて汎用性が高い工法です。紙の印刷機は高価で設備投資が何億円とかかりますが、シルク印刷機なら安いこともあり、独立起業しやすいと考えたのです。

この会社はアミューズメント業界向けのPOPプレートの生産では日本一でした。私は営業として入社し、商品開発も担いました。商社マンの経験と発想の豊かさが活きたのでしょう。業界初のヒット商品を連発して、トップセールスになっていきます。それでも満足できない自分がいました。印刷会社である以上、印刷が関わらない新商品・新サービスを思いついても、当然その会社では事業化できないのです。機が熟したことを感じた私は、34歳で独立することにしました。

創業は4畳ほどの自宅マンションの一室で、前職から経験を積んでいたSP(セールスプロモーション・販売促進)ツールのメーカーとしてスタート。お金はなくてもなぜか「99・9%成功するという根拠のない自信」だけはありました。


Profile

1964年大阪府生まれ。
1985年に貿易商社へ入社、当時共産国の中国ビジネスに従事し、1998年にアルテック個人創業、2001年には有限会社アルテックを設立し代表に就任。2003年に株式会社アルテックジャパン代表取締役就任。2009年に株式会社アルテックジャパンホールディングス代表取締役会長就任。

事業内容は販促物ウェブ管理システム事業、ソーシャルマーケティング事業、ソーシャルメディアマネージャー教育事業、ソーシャルリクルーティング事業、プロモーショナルマーケティング事業、アプリ開発・ウェブプロモーション事業。

Contact

株式会社アルテックジャパンホールディングス(現:株式会社SPinno)

〒111-0036
東京都台東区松が谷1-3-5 JPR上野イーストビルG1階
03-6684-0962(代表)
http://www.spinno.co.jp/

関連書籍

書籍
「10年後に後悔しない働き方 ベンチャー企業という選択」

就職・転職を考えたときに読むこれからの仕事選びのバイブル!

GMOインターネット、オプト、パーク・コーポレーション、ワークスアプリケーションズなど23社の経営者が語るハッピーな働き方。

ご購入はこちら

週間アクセスランキング