仕事情報の提供を主軸に、
夢&アイデア&情熱で
社会が求めるサービスを
創り出す

ディップ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 冨田 英揮

ディップ株式会社

冨田 英揮 Hideki Tomita

代表取締役社長 兼 CEO

2018.01.12

『バイトル』『はたらこねっと』などで急成長。
過去最高益を更新中
人材こそが会社の財産。
困難を乗り越えれば
絆は固く、組織は強くなる

仕事を探したい人々が「何を求めているか」をつかんで提供する

AKB48、乃木坂46、欅坂46、ピコ太郎などのテレビCMでおなじみのアルバイト情報サイト『バイトル』。運営しているのはディップ株式会社だ。

バイト探しのメディアは複数あるが、『バイトル』が支持される理由はどこにあるのか。代表取締役社長CEOの冨田英揮は「バイトを探す人はどんな情報が欲しいのかを徹底的に考え、ニーズを満たすコンテンツを提供してきた」と自負する。

例えば、職場や仕事内容の雰囲気がつかめる「動画サービス」、興味がある求人にどれだけ応募が集まっているかリアルタイムでわかる「応募バロメーター」、ユニフォームを見られる「制服閲覧機能」などがその代表例だ。

また、非正規雇用者の待遇改善にも取り組む。2013年から「レイズ・ザ・サラリー キャンペーン」をスタート。これは、求人広告掲載時に同社の採用コンサルタントから各企業へ「時給アップ」を依頼し、賛同した企業にはキャンペーンマークを表示しPRに役立ててもらうというものだ。開始から約3年で、累計1万社を超える企業が賛同した。

「求人情報提供以外の面からも非正規雇用者を支援したいし、それが使命だと思っている」と、冨田は言う。

『バイトル』のほか、社員の求人は『バイトルNEXT』、派遣を中心としたさまざまな雇用形態の求人は『はたらこねっと』、女性に特化した『はたらこindex』、看護師向けの人材紹介サービス『ナースではたらこ』と、さまざまなメディアを通じて企業の採用と働く人の仕事探しをサポート。業績は3期連続で過去最高を更新し、4年前と比較すると売上で3.5倍、利益は40倍近くに伸びている。

2004年に東証マザーズに上場、2013年には東証一部上場を果たし、1600名規模にまで会社を育ててきた冨田。経営者の道を歩み始めたのは24歳のときだった。

愛知県名古屋市で生まれ育ち、地元の大学を卒業後は不動産会社に勤務したが、事業家である父が新たに英会話スクール運営に乗り出すにあたり、立ち上げに参画した。

その頃までの冨田は「いずれ父の会社を継げばいいから、将来に向けての努力をすることもなく安易に過ごしていた」という。しかし、父とともに会社経営を始めて間もなく、「バブル崩壊」というピンチに襲われる。みるみるうちに経営は赤字に転落し自己破産寸前まで追い込まれた父は、やむをえずスクール事業を他社に売却した。

冨田は新オーナーから要請され、引き続きスクールの経営を担うことに。人生で初めての苦難と戦いながら経営再建に取り組んだ。

そのさなか、ディップの社名の由来である「Dream」「Idea」「Passion」が冨田の中に沸き上がる転機が訪れる。

公共施設の一角に置かれたラックにさまざまな英会話スクールのカタログが並べられているのを見て、あるアイデアが生まれた。

「設置場所が限られるラックではなく、端末から情報を取り寄せるシステムがあれば、ユーザーは手軽に情報を集めて比較検討できる。一方、無料カタログ請求をしたユーザーのデータを企業側に提供すれば、『見込み客』として販促に活用できるのではないか」――。

この仕組みを構築すれば、スクールの生徒募集のほか、結婚式場選び、自動車購入など、一般消費者向けの幅広い業種で応用できると考えた。

当初は、このアイデアを事業化して資金を得れば、英会話スクールを買い戻せる、という発想だった。しかし、プランを練るうちにこの事業の可能性に夢をふくらませ、熱中する。英会話スクールは黒字化を果たしたが、新事業への衝動にかられた冨田はオーナーに退任を申し入れ、起業の準備に乗り出した。

しかし、「面白いね」と言ってくれる人は多いものの、資金が集まらない。生活費を借金で工面しながら資金調達に奔走する日々は2年にも及び、当初は理解を示してくれていた父からも「いい加減に目を覚ませ!」と厳しい言葉を投げかけられた。

「それでも、このアイデアに惚れ込んでいたので、成功を信じて疑わなかった。リスクなんて考えていませんでした」と冨田は語る。

ディップ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 冨田 英揮

自分のアイデアを信じ、名古屋を出て東京へ

「東京のほうが夢を実現するチャンスがある」。

冨田は100万円の貯金を元手に、妻と2人の子を連れて上京。6畳一間・冷暖房なしの部屋で、食事は妻の実家から送られてくるお米と生卵…という生活が始まった。

そしてある日、運命を動かす出会いが訪れる。パソナグループ代表の南部靖之氏とソフトバンクの孫正義氏が若い起業家を支援するため「ジャパン・インキュベーション・キャピタル」を設立した。それを知ってさっそく事業計画書を送付すると、それが認められ、パソナ社内にデスクを設けてもらえた。金融機関の融資も得て、1997年、ディップを設立。起業決意から2年、ようやくスタート地点に立った。

そしてここから、冨田はいくつもの「チャンス」と「ピンチ」を経験することになる。

「無料カタログ送付サービス」実現への最大の課題は、大量の専用端末をどこにどう設置するか。模索する中、冨田はIBMが同様のビジネスを検討していることを知る。最初は「アイデアを盗まれたか?」と震撼した。IBMに参入されてはひとたまりもない。そこで冨田は、思い切ってIBMに提携を申し入れた。すると、提案内容が受け入れられ、業務提携が実現。コンテンツ獲得を任されると、2人の社員とともに、2ヵ月で靴底に穴が空くくらい、片っ端から企業を回った。

その努力が実り、首都圏のコンビニで運用が開始されると、翌年にはトヨタや本田技研工業などの大手をはじめ116社が参画。1年にして約1億円の売上を計上した。

さまざまなジャンルの情報を扱ったが、反響が大きかったのが「人材派遣」。派遣社員として働きたい人々が「仕事の情報」を探していると知り、『はたらこねっと』を立ち上げる。

ネットとコンビニ端末の両方からアクセスできるというメリットが支持され、新規クライアントが続々と集まった。2001年、ヤフーと提携して配信を開始すると『はたらこねっと』へのアクセスは一気に上昇し、事業は加速度的に成長。上場が視野に入った。


Profile

1966年愛知県生まれ。1990年、株式会社地産入社。その後、父が手がけるゴルフサービス会社や英会話スクールなどの運営を手がける。1997年ディップ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。

Contact

ディップ株式会社

東京都港区六本木3-2-1 六本木グランドタワー31F

https://www.dip-net.co.jp/

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