おしぼりレンタルを軸に
多角展開に挑み続け50年。
変わらず守ってきたのは
「チャレンジする姿勢」

アルサグループ

中田 春昭Haruaki Nakata

代表

「清潔」「快適」「安心」をテーマに
幅広い事業を展開

若手のチャレンジを促しながら、
「子や孫を入社させたい」と思える
会社づくりを目指す

10年の修業を経て、母との約束を守り「一国一城の主」に

創業から50年。アルサグループは、株式会社アルサのレンタルおしぼり事業からスタートし、マットレンタル、病院・ホテルのリネンサプライ、株式会社ホウエイではタオル等のリネン類、炭の輸入、株式会社さららいとではミネラルウォーターの宅配事業など、幅広い領域で事業を拡大してきた。

現体制を一代で築き上げた中田春昭が常に心がけてきたこと。それは「チャレンジ精神を持ち、有言実行する」だ。

春昭は大分県豊後高田市で、半農半商で小さな酒屋を営む家の4人兄弟の末っ子として生まれた。2歳のとき、父が第二次世界大戦のなか、フィリピンで戦死。一家の大黒柱を失った中田家は、母も兄弟も総出で働いた。春昭もまた、朝は草刈りをして牛や豚に餌をやってから登校する毎日。部活動をすることは許されず、学校が終わるとまっすぐに帰宅して、田んぼや煙草畑の手入れをしたり、芋を掘ったりした。今のように便利な機械はない。すべて手作業のため、まだ幼い春昭には骨身にこたえる重労働だった。

中学卒業後は、地元の2歳上の先輩を頼って京都のクリーニング店に入り、住み込みで働いた。毎日ホンダのカブで必死に営業。京都の貴重な歴史史跡に目をやることも忘れて昼夜奔走したが、この経験が後に歴史好きとなるきっかけとなった。

兄を頼って名古屋の大手クリーニング会社へ移ると、その寮では老夫婦が夜な夜なおしぼりを巻く内職をしていた。それを手伝ったのが後にアルサの主力事業となる「おしぼり」との出会いだ。

その後、北九州へ。クリーニング店に勤務しながら、個人の副業としておしぼりレンタル業を始めた。おしぼりレンタルの得意先が増え、1968年、24歳のときに独立起業。その頃には従業員3人体制、扱うおしぼりは1日2000~3000本にも達していた。

「15歳で故郷を出たときから、いつか独立しようと思い続けていました。京都に向かうとき、夜行列車の駅のホームで泣くおふくろに向かって『一国一城の主になるから』と言って家を出た。およそ10年を経てようやくその約束を果たせたんです」

 創業から6年後、株式会社中田おしぼりとして法人化。しっかり洗われた匂いのないおしぼりを、約束の時間通りにお客様へ届ける。信頼を得るため、それをひたすら心がけた。もともとクリーニング店の職人だけあって、商品を清潔に保つ技術には自信を持っていた。

もう一つ、大切にし続けたこと。それは「素直であること」だ。若くして起業した自分が事業を成長させていくためには、絶えず学び続けなければならない。人に教えを請うためには、素直であらなければならない。そのことは社会に出てすぐ実感したという。

「子どもの頃は悪ガキで、大人の言うことなんて聞かなかった(笑)。でも、社会に出たとたん、素直さがないと誰も相手にしてくれないのだと気付き、すぐに態度を改めました。人の言うことを素直に受け入れるようになると、周りがどんどん教えてくれるようになる。多くのことを学べて、日々成長していけるんです」

人の話に耳を傾け、受け入れる素直な姿勢。そして事業拡大へのチャレンジ精神。それを兼ね備えたからこそ、「面白い奴がいる」と大物政治家や地元の名士に可愛がられ、金融機関などにも信用を広げていけたのだ。

Profile

1944年、大分県豊後高田市にて、半農半商で小さな酒屋を営む家の4人兄弟の末っ子として生まれる。中学卒業後、京都のクリーニング会社に就職。名古屋のクリーニング店での修業も経て、1966年、北九州へ。クリーニング店に勤務し、複数店の業務を掛け持ちしてこなすかたわら、個人でおしぼりのレンタル事業を開始。1968年、個人おしぼりレンタル事業を創業し、1974年、法人化して株式会社中田おしぼりを設立。1987年、株式会社アルサに社名変更。2009年にはアルサグループ各社の本社機能を福岡市博多区中洲へ移転する。2017年、ホールディングス体制へ移行し、本格的なグループ運営を始動する。

Contact

アルサグループ

福岡市博多区中洲5-5-13

http://www.ursa-group.jp/