大きな夢を実現させるためには 地道さという土台がなければならない

株式会社ダイヤコーポレーション 代表取締役 太田 大哉

太田 大哉Daiya Ota

株式会社ダイヤコーポレーション

代表取締役

2016.04.07

家族への愛が起業家としての出発点

私が起業家を志すきっかけになったのは、父と母の離婚による生活の変化でした。家に帰ってこない父のことを「仕事が忙しいから」と弁明する母の言葉をずっと信じていましたが、実は父には別の家庭があり、借金も抱えていたのです。それを知った私は父のもとへ単身で乗り込み、その場で取り付けた離婚届を母に渡しました。

両親が正式に離婚したあと、それまで暮らしていた一軒家を引き払って母と弟と3人で移り住んだのは、1DKの古びたアパート。陽の当たらない狭い部屋に引っ越した夜、いつか絶対にここから抜け出して、母に親孝行しようと心に決めました。まだ幼い6歳下の弟に真実を知らせるのは酷であり、またサッカーの才能を開花させつつあったことから、詳しいことは打ち明けずに支えていこうとも決意しました。

一日でも早く裕福な暮らしを手に入れて、家族を幸せにしたい。最短でその夢を実現するためには、ずっと人に使われていてはだめだ。私を起業家の道へと駆り立てたのは、この時に芽生えた「母を支え、弟を助ける」という一家の大黒柱としての意識だったと思います。

奨学金で大学へ進んだ後、「ダイヤモンドのように輝いて」という思いが込められた「大哉」という名前に導かれて、就職先は宝石を扱うような仕事がいいと考えるようになり、初めは百貨店の門を叩きました。しかし、その後に参加したリサイクル販売大手大黒屋の説明会で、「リサイクル=家電や古着」という既成概念が崩され、考えが変わりました。「宝石やブランド品をリサイクルして転売するというニーズが、これからどんどん高まっていく」と聞き、価格が決まっている百貨店よりも、商品の状態や付加価値によって価格変動するリサイクルに大きな可能性を感じたのです。大黒屋で2年半にわたってリサイクルにまつわるビジネスの基礎を学び、最初の会社を設立したのが25歳のとき。その後、紆余曲折を経て2009年に当社を設立しました。

今、当社では、店舗でのブランド品の買い取り・販売と、日本最大級のブランドオークションの展開をビジネスモデルとしています。一般的なリサイクル事業は、お客様から買い取った商品を店舗で販売して利益を得るというシステムですが、当社はさらにBtoBの「レストランオークション」というリアル販路を持っているのが強みです。また、「TIMELESS TOKYO」という名で展開している実店舗のほうは、付加価値をつけて生まれ変わらせた商品だけを再流通させているというところが従来のリサイクルとは大きく異なります。店内には国内外から厳選したラグジュアリーなアイテムを揃えているので、芸能人のお客様も珍しくありません。そうすると、「アイテムの品質」に加えて「憧れの人が通う店」という付加価値が生まれ、顧客層が拡大していくわけです。

当社が大切にしている「REBORN」「NEW BASIC」「SELF REVOLUTION」という3つの言葉がありますが、「レストランオークション」と「TIMELESS TOKYO」はまさにこれらを体現したものだと言えるでしょう。これからも既存の常識にとらわれることなく、世の中に新しいスタンダードを提供していきたいですね。

株式会社ダイヤコーポレーション 代表取締役 太田 大哉

驕りが生んだ大きな挫折。そこから学んだ「大切なもの」

今でこそ社員との接点を多く持ち、社員に感謝する日々を送っていますが、最初に独立を果たした時は真逆の経営者でした。リサイクルの会社で働いて貯めこんだたくさんのビジネスの種をどう開花させるか。それだけを考えていたのです。毎日の交流会で得た情報や知識を蓄積して、満を持して起業したつもりでした。実際、経営は順調で、毎月増収増益。他の会社と合併して店舗数を増やし、会社は年商数十億円を超える規模へと飛躍的な成長を遂げました。若かった私は、その成長ぶりを肌で感じるにつれて、「なんだ、簡単じゃないか」と仕事を軽んじるようになっていったのだと思います。それが私の驕りでした。そして、驕りはみるみるうちに膨らみ、過信へとつながっていきました。次から次へと入ってくる新しいスタッフたちは、勢いに乗っている私に憧れ、「ダイヤさんはすごい」と言ってくれました。スタッフの賛辞を受けるたびに、そこにいるのが自分ではないような落ち着かない気分にとらわれながらも、ひたすら拡大路線を突き進んでいきました。

そして、破綻がやって来ます。実質的オーナーから突然、「明日から来なくていい」と宣告されたのです。それでもまだ自分の実態に気づいていなかった私は、憤りのままに、スタッフを全員引き連れてやめようと考えました。しかし、現実はそう甘くはありません。日々の生活がかかっているスタッフたちは、誰ひとりとして私については来ませんでした。虚像化した自分を崇めてくれるスタッフとの間には、薄っぺらな人間関係しか築けていなかったということに気づいた瞬間でした。

自分を信じて入社してくれたスタッフを残して会社を離れなければならない辛さは、筆舌に尽くしがたいものがありました。私はひとりその辛さと向き合うために、あえて当時住んでいたマンションの1階にあるコンビニエンスストアでアルバイトをしながら、一緒に連れていけなかったスタッフのためにも再起を誓いました。

今、私が社員との関係作りに力を入れているのは、このときの挫折があったからです。最初の会社での私は「みんな俺について来い」というスタンスで、自分の気持ちを理解してもらうことには力を入れても、スタッフの気持ちを知ろうとはしませんでした。上辺だけの会話で、わかり合えたつもりになっていました。それが取り返しのつかない失敗を招いたということを肝に銘じて、ありのままの自分で社員と向き合うこと、自由でフラットな組織を作ることを何よりも大切にしています。Face to Faceのコミュニケーションはもちろん、社内にあるいくつかのLINEのグループに私も入って、仕事の話はもちろん恋愛の話をしたり、他愛のない雑談をしたり、趣味の話をしたり…。

そこから生まれた社員への思いや仕事に対する情熱は、いつも弟と共有して、社員、取引先、お客様、家族などに支えられてビジネスが成り立っていることを忘れないようにしています。私にとって弟は、父親代わりになって守るべき存在でしたが、彼がJリーガーになり、日本代表に選ばれ、さらには欧州へ渡る姿を見ているうちに、まるで「もうひとりの自分」のように感じるようになりました。違うフィールドで活躍する彼を見て、私も前に進むことができる。彼の成功があるから、私も努力し続けることができる。弟にとっての私もそうでありたいという願いも、強いモチベーションになっています。


Profile

1981年、東京都生まれ。2009年4月、ヒュペリオン株式会社(現 株式会社ダイヤコーポレーション)を設立、代表取締役に就任。これまでの常識を打ち破る業者向けブランドオークション「レストランオークション横浜ベイサイド」の運営開始。2012年9月、リユース業界最大手の株式会社コメ兵と「レストランオークション名古屋」の共同運営開始。2013年3月、ヴィンテージセレクトショップ「TIMELESS TOKYO」を運営する、ジェイアンドディーインベストメント株式会社(現・株式会社ディアクロス)を設立、代表取締役に就任(兼任)。2015年にはゼロ円引っ越しを武器に賃貸不動産店「らくベヤ」を展開。弟はサッカー日本代表太田宏介選手。

Contact

株式会社ダイヤコーポレーション

東京都渋谷区南平台町16-29 グリーン南平台ビル6F
http://www.dai-ya.co.jp /

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