
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
創業12年で女性のみ100名規模の企業に成長。企業拡大に込められた想いとは
松井 裕香 / Yuka Matsui
株式会社MAHALO
代表取締役社長
「繊細で努力家、そして何より強い。女性は誰もが可能性を秘めており、計り知れないパワーを持っています」
神奈川県横浜市を中心に、東京・福岡に複数店舗の美容サロンを展開する株式会社MAHALO。ヘアサロン・ネイルサロン・アイラッシュサロン・エステサロンの各サロンにブランドコンセプトを設けて店舗運営し、幅広い年代の女性から親しまれている。
2021年からはオリジナルプロダクトの開発・EC販売も開始。顧客が抱える髪の悩みに日々向き合う現場美容師が考案したヘアケアアイテム「ymme(ワイミー)」は、品質の良さだけでなくインテリア性も兼ね備えた商品として、高い支持を得ている。
現在MAHALOには、施術スタッフを中心に100名ほどの社員が所属し、そのすべてが女性で構成されている。彼女たちと手を取り合いながら、「人々の日常に、トキメキとイロドリを届ける」というミッションの遂行に尽力しているのが、代表取締役社長の松井裕香だ。
「美容に関わる職業の多くは専門職のため、資格取得や学ぶことで一定の技術習得は可能です。しかし今は技術レベル全体が上がり、お客様のイメージ通りに仕上げるのは当たり前の時代。一定の技術で顧客満足を得ることは以前より難しいため、当社ではお客様のライフスタイルに彩りを与えられるよう、付加価値を追求し続けています。それを言語化したものが「トキメキとイロドリ」。私たちの技術やサービスでお客様にときめきをお届けし、彩り豊かな生活を送っていただくためにできることを常に考えていますが、それには提供する私たちが内面から輝いている必要がある。ですから、社長である私の使命の一つが、スタッフの女性たちを輝かせることなのです」
顧客にも社員にも、トキメキとイロドリを提供したい――この想いの根幹には、MAHALOが標榜するパーパスがある。
2009年の創業以来、MAHALOが大事にしてきた価値観を見つめ直し、言語として落とし込んだのが「女性の人生を輝かせ、明るい未来を創る」というパーパス。社員と共に時間をかけて創出したこの言葉は、松井にとって特別だ。
「美容には、心の病をも克服するすごい力があると信じています。髪型一つ、ネイル一つを変えるだけで、外見はもちろん内面に秘めていた魅力も開花させることができる。自分自身の本来の魅力に気が付いた時、女性は強い輝きを発揮するものです。内なる輝きを引き出し、新たな領域に挑戦する女性を増やすことができれば、社会はもっと良くなるはず。パーパスにはそんな想いを込めました」
女性の持つ可能性や輝きにフォーカスした背景には、近年増えている、劣等感に苦しむ若者の存在などもある。SNSの普及などで他者の幸福や成功と自分を比べてしまうことが、自己評価を低く見積もる原因の一つになっている。実際、MAHALOの採用面接を受ける求職者の中にも、自己肯定感を持てない若い世代が多数いるという。
だからこそ松井は、社員教育の中で特に「心の教育」に重きを置いている。入社後の最初の研修である「MAHALO Academy」では、自分が輝くためのマインドの持ち方や自信の磨き方などをレクチャー。健康的な心を養うプログラムを整えている。
「うちで働く社員がいずれ母親になる選択をしたとしても、キャリアややりたいことを諦めてほしくありません。『働いているママってかっこいい』『社会に出るって楽しそう』。子どもたちにそんな風に思ってもらえれば、いいサイクルが生まれて、女性が輝きながら働くロールモデルを次世代に受け継ぐことができる。私たちに法律を変える力はないけれど、まずは私たちのマインドから変えて、女性活躍社会を創っていく一員になっていきたいと思っております」
パーパスの実現に向けて、道標の役目を果たすのが3つの行動指針だ。「謙虚で誠実」「チームワークと成果」「挑戦と成長」。これらを愚直に実践する社員の存在が、互いの価値を高め合える風土づくりにつながっている。
「誠実だから謙虚さを忘れずにいられるし、謙虚さがあるから成長意欲が向上する。成長したいから挑戦するし、挑戦するから成果が生まれる。すべてはリンクしているんですよね。成功も失敗も成長の糧にして、社員一同でパーパスを具現化していきたいです」
幼少期から人をかわいくすることが好きで、いつも友達の髪の毛をアレンジしていた松井は、美容師を夢見て育った。進路を決める高校時代も志は変わらなかったが、当時流行していた美容師を主役とするドラマの影響で、同級生の多くが美容学校を受験することを知る。
「周りと同じ道を歩むのは嫌だ」。そんな抵抗感に駆られて新たに目指したのは、幼い頃から続けてきたピアノでの音大入学だった。周りからの猛反対には耳を貸さず、集中的に猛レッスン。晴れて合格を果たしたものの、美容師への夢を諦めきれず、半年で音大を辞めて美容学校へ進学した。
「ピアノの先生から破門された私が、音大に入るなんて誰も想像していなかったと思います。でも1日10時間、猛特訓をしたら合格できた。その時、初めて自信が持てたんです。自分も必死に頑張れば成果を出せるのだと。周囲から1年遅れで美容学校に入学したので、後れを取ってしまったとも思いましたが、あの経験は私の人生に不可欠でした」
待望の美容師免許を取得し、ヘアサロンに就職してからは、さらに情熱に火が付いた。「メンバーの中で指名売上トップを狙う」という強い気持ちでがむしゃらに奮闘を続けると、努力が実を結び、目標を達成。すると自分にしか向いていなかったベクトルを、後輩たちにも向けられる余裕が生まれた。教育した後輩スタッフが、美容師として少しずつ成長し、自らの力だけで成果を上げる。その姿に心を打たれた。「自分の成功より何倍もうれしかった。人を育てることの素晴らしさを知った瞬間でした」と振り返る。
一方、自分に課した目標を遂げたことで完全燃焼した松井は、独立を決意。横浜にオープンした小さなサロンは出だしから順調で、悠々自適に美容師として働ける生活は快適だった。しかし心は満たされていないどころか、沈んでいくばかりだった。
「孤独感に加えて、一人で独立してから何も成長できていないことに気付いてしまい、気持ちは荒んでいきました。むなしさを埋めるために遊びに出かけ、なぜ空いてるのか分からない心の穴を埋める、堂々巡りの日々でしたね。そんな時にたまたま前職の仲間と遭遇し、お店を手伝ってくれるようになりました。1年半ぶりに人と一緒に働いてみると、息を吹き返したように、エネルギーがみなぎってきたんです。こういう取り組みをしたらお店が良くなるのではないか、お客様が喜んでくれるのではないか。前向きに仕事と向き合えるようになりました。その行動の根底にあったのは、スタッフの稼ぎを上げたい、成長させたい、輝かせたいという気持ち。そして、人の豊かさは人によってもたらされることを学びました。その時、自分に関わってくれる人の人生を少しでも豊かにしたい、という夢が生まれたんです」
スタッフが成長できる環境づくりに軸足を置いてきた結果、今やMAHALOは業態の異なるサロンを複数店舗展開するまでに成長した。「このスタッフの得意分野を活かせるサロンを出したい」「このスタッフに店長を任せたい」。松井が、共に働く仲間が輝ける方法を追求してきたからこそ、現在のMAHALOがある。
パーパスは掲げて終わりではなく、体現すべきもの。そう考えている松井は、入社研修のMAHALO Academyだけでなく、基礎研修も実施している。「何度も伝え続けなければ、体に染み込んでいかない」と定期的に開催し、自身の経験によって培った価値観やケーススタディを共有する。例えば、後輩をかわいがるだけの先輩像を良しとするのではなく、時には耳が痛くなるような愛ある指摘ができてこそ、素晴らしい先輩だと指導している。
そして、全社員が女性の会社だからこそ、使命感を持って尽力する取り組みがある。その一つが、社内向けの性教育の導入。世の中には、社会人のスタートを切って間もなく予期せぬ妊娠が分かり、若くしてキャリアを諦めるケースも少なくない。自分を守る選択肢や性への理解など、未来を創る女性たちに知っておいてほしい知識の啓蒙に努めている。
またPMSや更年期障害といった、女性特有の症状によって生じる仕事効率の低下や休業の労働損失も危惧する。今後は、ティーンエイジャーから中年期まで年代によって異なる悩みに寄り添い、女性が健やかに活躍できる社会づくりに貢献する方針だ。
MAHALOでの仕事を通して輝く女性を増やすのも、自らの役割だと自負する松井。実はパーパスを策定する3年前までは、会社の方向性や重視する価値観に揺れが生じる時期もあった。しかし、会社の存在意義を明確にしてからは、組織の向かう先をはっきり見据えられるようになったという。
「社会人になって後輩を育てる感動を覚えてから、一貫して仲間を輝かせたいと思っていたものの、どこか勢いだけで進んできた感覚もありました。途中で会社のあり方について迷走し、自分を見失う直前にまで発展することも。ですがお客様に対する約束であり、社員に対する指針でもあるパーパスを決めてからは、会社としての軸も定まったように感じます。採用面接でビジョンを交えて話すことで、共感を覚えて入社する社員がより増えました。私たちのパーパスの実現を通じて、女性の未来を切り拓いていき、社会へ向けても良い影響を与えていきたいと思っています」
公開日:2022年12月26日
新潟県生まれ湘南育ち。2009年「横浜」にて、セット面2席シャンプー台1席のサロンを一人でOPENし、予約が取れないお店へ急成長。2012年にヘアサロンをリニューアルOPEN。その後、ネイルサロン・アイラッシュサロン・エステサロン・プロダクト事業など幅広く展開し、平均年齢26歳の若い女性が活躍する場を広げる。
「世の中にトキメキとイロドリを提供する」を掲げ、〈サロン〉の枠を超え、新しい発信に舵をきる。女性独自の〈マネジメント〉や〈内面から輝く女性のためのステージ作り〉に力を入れ、社内外に関わらずさまざまな女性たちへの発信も率先して活動を広げている。
2022年、Forbes JAPAN WOMEN AWARDの企業部門(101名以上1,000名以下の部)において、企業総合ランキングと経営トップ実行力ランキングの1位をダブル受賞。
Contact
神奈川県横浜市西区南幸2-20-2 共栄ビル
インタビュー:垣畑光哉/執筆:堤真友子/編集:小田恵
撮影:新見和美
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