
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
長かった苦節の時代。
それでも自身を信じ続けた
向 徹 / Toru Mukai
株式会社E-Grant
代表取締役CEO
日本のEC・通販にCRM(顧客関係管理)の概念を導入し、その市場を開拓・牽引してきたトップランナー。それが株式会社E-Grant(イーグラント)だ。同社の経営理念は“「和の心」を世界に広げ「想いやり」に溢れた社会を実現する”。代表取締役CEOの向徹は、そこに込めた想いをこう語る。
「日本は世界で最もCRMが得意な国だと思います。日本人には、少し先回りして相手のことを考え、相手の期待以上の価値を提供することに喜びを感じる国民性がある。聖徳太子が定めた十七条憲法の『和を以て貴しとなす』という言葉からも分かるように、私たちには『人との関係を大切にする心』が脈々と受け継がれ続けているのです。日本人が武器とする関係構築力をCRMに活かし、お客様の収益拡大、さらには組織拡大を支援することが、当社の使命です」
E-Grantの主力サービスとなっているのが、日本らしさとインパクトを兼ね備えたネーミングが特徴的な「うちでのこづち」。ECや通販を主軸事業とする企業向けのCRMツールだ。振れば望むものが何でも出てくる打ち出の小槌のように、クライアントの要望を叶える戦略と独自の機能を次々と提供し、お客様を増やしていくイメージで名付けられた。
美容健康系・アパレル・食品など、幅広い商品のEC販売を支援。導入数は700社を超え、顧客継続率99%と業界随一の実績を誇る。
「CRMという言葉は幅広い意味で使用され、SFA(営業支援・自動化)やMA(マーケティング自動化)といったITツールの一つとして語られがちです。CRM事業を展開する会社を、単に集客やマーケティングのテクニックを提供しているだけだと認識している人も少なくありません。しかし、カスタマー・リレーションシップ・マネジメントの略語であるCRMは、顧客の情報をマネジメントすることで良好な関係を築くのが本来の目的です。テクニックやノウハウを知る以前に、CRMの経営的概念、つまり本質を理解してもらう必要がある。その役割を担っているのが当社です。CRMの新たな概念を創造し、世の中に提唱する姿勢が、支持をいただける理由だと考えています」
向がCRMビジネスを手がけたきっかけは、E-Grantの設立以前、個人事業主だった頃にあった。時代はインターネットが急速な普及と発展を遂げていた2000年代中盤。向は元エンジニアの思考力を基盤に、Webサイト制作をメイン事業にしていた。「SEO」や「リスティング」といった言葉はまだ世の中に浸透していなかったが、研究熱心な向は検索エンジンの仕組みを独学し、上位表示されるサイトをいくつも構築。その実績を知った通販会社から商品販売のWebサイトについて相談されたのを機に、通販のコンサルティングを開始した。
今でいうECコンサルティングは当時黎明期。始動してすぐに勢いに乗り、クライアントの売上を伸ばすことができたが、一定の数値を境に伸びが止まり横ばいに。その原因を探っていった結果行きついたのが、CRMだった。
「『売れる』だけでなく『売れ続ける』ことに意味があるのだと気付きました。そのためには一度購入したユーザーをファン化させ、再購入してもらう必要がある。つまりリピーターの育成です。今ではリピーターが売上の8割を占めるという見識が常識化していますが、当時は購入者との関係構築に重きを置く考え方は浸透していませんでした。書店でCRMについて書かれた専門書籍を探しても、あるのは難しい言葉が並ぶ海外の翻訳本ばかり。国内ではtoC向けやEC・通販向けのCRMシステムがまだない。それなら自分で創ればいのだと考えたのが、CRM事業の原点です」
企業とユーザーをつなぎ、関係作りをサポートする。CRMが持つこの概念に魅せられ、個人事業の屋台骨として展開することを決意。同時に、ECビジネスにも将来性と可能性を見いだしていた。「今後拡大の一途をたどるであろうECビジネスをさらに活性化させるのは、CRMの存在だ」という想いが、向の背中を押した。
初めに着手したのは、顧客情報データを分析するシステムの構築。企業に顧客管理の重要性を認識してもらうことが目的だった。
「いきなりお客様に『顧客管理をしましょう』と伝えたところで、理解を得られないのは目に見えていました。まずは顧客情報を分析することで浮き上がる課題を知ってもらい、その解決の手法としてCRMがあることを認識してほしかった。どのような顧客がいて、どのような商品を作れば売上を生めるのか。そこまで理解して初めて、ツールとしてのCRMを使いこなせると思ったのです」
このシステムには、特許を取得した、業界初の分析機能などを搭載。また、クライアントからの声に応えるために試行錯誤を重ね、顧客へのアクションの自動化にも成功した。日本にはまだその言葉もない頃に、おそらく日本初の「マーケティングオートメーション」の機能を誕生させていたのだ。こういった業界初を満載し、日本のCRMのスタンダードを創っていったシステムが「うちでのこづち」だった。
個人事業をE-Grantとして法人化し、2007年にCRM事業を本格化。しかし営業活動は難航した。
「営業に難色を示した企業担当者に、CRMを行っているかをヒアリングしてみると『メール一斉送信をしている』という回答が大半を占めていました。確かに当時はメールマガジンやメールマーケティングが主流の時代。少なからず結果も出ていたため、顧客との関係を深める段階まで見据える企業はほとんどありませんでした。しかし顧客のセグメント化もせず、全員に同じ内容を送るメールの一斉送信は、短絡的な方法。誰にどのような施策を取り、どうコミュニケーションを図るのがベストか。それを考えることが一般的にならなければEC業界は腐っていく、と思ったのです」
企業を訪問しては断られる日々。それでも向の希望の灯が消えることはなかった。
「CRMを理解してもらえないもどかしさはありましたが、不思議とつらさは感じていませんでした。どちらかといえば、希望の方が勝っていたのです。インターネットが生活の一部となれば通販やECの産業が成長するのは当然ですし、中長期的な戦略としてCRMが活用される予測もついていました。そこに確信めいた自信があったのでしょう。常にワクワクした気持ちで取り組んでいた記憶があります」
会社員や個人事業主時代に苦労した経験も、多少の事態では倒れない打たれ強さの源だ。「シーズを起点に新しいサービスやビジネスを生み出すことが好き」という性格から、会社設立前からさまざまな事業を発案。若さゆえに無鉄砲なチャレンジをすることも少なくなかった、と向は笑う。
「独立を目指していたサラリーマン時代は、開業資金を貯めるために極貧生活を送っていました。10本入りのスティックパンを3日に分けて食べる節約の日々。貧乏暇なしで、睡眠時間もまともにとれていませんでした」
資金の底が見え始め、V字回復をさせなければ事業を続けられないところまで追い込まれた時、向を救ったのが分析だった。エクセルで顧客情報をデータ化して動向や傾向を分析。それを基にビジネス予測や戦略を立てることによって、苦難を乗り越えることができた。
「新しいサービスを立ち上げる苦労を何度も味わってきましたが、辛い時こそチャレンジしようと心がけていました。自分の信念を磨き上げたり、成し遂げたい分野を極めたりする努力がいずれ実を結ぶのだと思います。私にとってのそれは分析だった。CRMの啓蒙時代は長かったですが、雑草魂を持って取り組み続けてよかったですね」
CRMの認知の広がりとともに企業からの問い合わせや発注が少しずつ増え、CRMといえば「うちでのこづち」だと支持を集めるようになったのが2014年頃。事業を開始して7年目、ようやく日の目を見ることができた。
CRM事業が軌道に乗り始めたのと時を同じくして、向は「一般社団法人日本通販CRM協会」を設立。長年CRMの意義を語り続けてきた立場として、代表理事を務める。業界の大手企業から中小企業まで、向の信条に賛同した企業約150社が参加し、セミナーや研修などの活動を通して、CRMの啓蒙に取り組んでいる。
「私にとってCRMは社会貢献の手段。顧客関係構築を支援し、企業の本質的な価値の向上に貢献することは、相互的な成長につながると考えています。CRMを軸に、日本のEC通販業界を世界に誇れる代表的な産業に育てていきたい、という想いが根底にある。初めはなかなか理解を得られなかったこの持論も、経営者の方にお話しする中で少しずつ賛同をいただけるようになりました。それぞれが持つ専門的な知見や経験をシェアし、EC業界やCRM業界の発展につなげられる場があればと思い、私が指揮を執るかたちで協会を立ち上げたのです。社会貢献をベースに活動しているからか、集っているのは素晴らしい考えを持つ方ばかり。そんな会員の皆さんの普及活動によって、CRMの価値がさらに素晴らしいものになると実感しています」
向の哲学に時代が追いつき、今やCRMはEC事業に不可欠なツールとなり概念となった。テクノロジーの進化とともに、E-Grantが提供するサービスの質も向上を続けている。これからもCRMの概念を創造し体現する組織でありたい、と向は語る。
「この10年間でCRMに対する考え方は大きく変わりました。この先の10年でさらにCRMのあり方は変化を遂げるでしょう。その変化を先読みし時代を作るのは、総合CRMカンパニーであり、日本通販CRM協会の代表企業である当社の使命だと思っています。CRMの未来を予測し、相手との関係値を最大化できる定義を考えたり、実践したりすることがリーディングカンパニーとしての務め。これからもEC業界でのCRMのポジションがどうあるべきかを考え、概念として提唱し続けていくつもりです」
公開日:2022年9月8日
大学卒業後、大手通信系企業にて、NWエンジニアとしてインターネットを基礎から学び、営業へ転身。セールスエンジニアから新規事業立ち上げまでを経験後、25歳で独立。
独立後、ECコンサル事業、EC事業、不動産事業など立ち上げを多く経験する中、2007年に株式会社E-Grantを設立し、代表取締役に就任。2015年、さらなる業界発展を目指し、一般社団法人日本通販CRM協会を設立。代表理事に就任。ビッグデータとJapan CRMの普及を先導し、飛躍中。
Contact
東京都品川区西五反田2丁目30-4 BR五反田ビル8階
インタビュー・執筆:堤真友子/編集:勝木友紀子
撮影:田中振一
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
一人ではできないことを、チームで実現させるスイミー経営
入社1年目にして大阪本社の新規プロジェクトに抜擢。2年目には東京拠点の立ち上げを担う
写真家と事業家、二つの顔で自然や動物に寄り添う
タグ