
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
株式会社ブラス
代表取締役社長
河合 達明 / Tatsuaki Kawai
一軒家を完全貸し切り。型にはまらない、自由で、ふたりらしい結婚式を――そんなコンセプトでゲストハウスを運営する株式会社ブラス。
2003年、愛知県一宮市に1号店「ルージュ:ブラン」が誕生。以来、東海エリア・静岡・大阪を中心に次々とゲストハウス(結婚式場)を展開してきた。2020年には関東初出店となる「アコールハーブ」、京都に最新店「アトールテラス鴨川」がオープンし、ブラスが運営する会場は23店舗を数えることになる。近年は少子化が進み、婚姻組数も結婚式を挙げるカップルも減っている。そんななかで右肩上がりの成長を遂げているブラスは、ブライダル業界でも注目を集めている企業だ。
「それぞれの新郎新婦にとって、最高の結婚式を創る!」
代表取締役社長である河合達明は、その理念を実現するために、ブライダル業界の常識や固定観念にとらわれないサービスを生み出してきた。
大きな特徴の一つは、「ウェディングプランナー一貫制」。多くの式場では、営業、プランニング、手配、当日のアテンドなどが分業制となっている。一方、ブラスでは新郎新婦がはじめて来館したときに接客したプランナーが、プランニングから当日のアテンドまでを担当する。新郎新婦が無事に夫婦となるその日まで、ひとりのプランナーが責任を持って支え、見届けるのだ。
通常、結婚式の打ち合わせといえば、招待状のデザインや料理のメニュー、席次や進行を決めていく手配的な業務がメインとなるケースが多い。だが、ブラスでは違う。プランナーはあくまで新郎新婦の「想い」にフォーカスし、それぞれの家族のことやふたりの出会いなど、今に至るまでをつぶさに聴いていく。その上で、プロの視点から、ふたりに合った、ふたりにしか出来ない最良の演出、最良のおもてなしの仕方を提案する。
なかには、準備の間に「彼が手伝ってくれない」「双方の両親のソリが合わない」「家族関係が複雑で親族を呼びたくない」といった悩みを抱える新郎新婦もいる。そんな新郎新婦の繊細な気持ちに寄り添うことができるプランナーを、河合は育ててきた。
たとえ本人が口にしなくても、表情の陰りや言葉のよどみなどから、「何か言いづらいことがあるのかもしれない」と気づき、声をかけ、抱えている問題の解決方法を一緒に探る。それが、プランナーの存在価値だと河合は考える。
「人と人とのことですから、すべてがすんなりと心通えるものではありません。ときには黙って見守り、ときにはひたすら悩みを聴き、ときには背中を押し、ときには新郎新婦が驚くようなアイデアを出す。そうして、何度も何度もキャッチボールを繰り返しながら、新郎新婦の心の底の思いやふたりらしさを引き出していくのです。『最近になって、ようやくご新婦が心を開いてくれるようになりました!』なんてプランナーから聞くと、僕までガッツポーズしたくなります」
いよいよ迎える結婚式当日。ブラスでは、お支度を整えた新郎新婦をキッチンやサービス、音響など各セクションのスタッフがみんなで迎える。そして、新郎新婦を中心に円陣を組み、担当プランナーの掛け声で「さぁ、みんなで最高の結婚式をつくるぞ!」と声を上げる。新郎新婦を中心にしたチームのボルテージは最高潮だ。
「僕の大好きなシーンです。この瞬間、新郎新婦はすべての人に祝福される“主役”になる。『あとは、私たちに任せてください』。そうプランナーに言葉をかけられ、安心した笑顔でゲストの待つ場所へ向かう新郎新婦の姿を見ると、なんともいえない晴れやかな気持ちになるのです」
数時間後。ときに声を上げて笑い、感動で涙を流し、「お化粧とれちゃいました!」などと、笑いながら控え室に戻ってきた多くの新郎新婦はこう話すという。
「私たち、まさにこんな結婚式がしたかったんです!いえ、イメージしていた以上です!」
ブラスでの結婚式が盛り上がる理由は、プランナーが新郎新婦と考え抜いたプランや演出の成功だけではない。河合ならではのこだわりが、ひそかに功を奏している。
「そもそもゲストハウスの運営を始めたのは、新郎新婦が会場側の都合に合わせるのではなく、新郎新婦自身の思いを叶える理想の場所を創りたいと思ったから。ホテルの宴会場などはさまざまな用途に対応できるように設計されていて、そのハコに結婚式を当てはめることになる。そうではなく、結婚式のためだけのハコを提供するべきだと思ったんです」
スポーツ観戦が好きな河合は、さまざまな競技場を見ていて気付いたことがある。最新設備を備えた豪華なスタジアムであっても、あまりにもだだっ広い空間では、選手と観客の一体感、観客同士の一体感が生まれにくい。そこに集う人々の熱気を高めるには、ほどよい大きさの空間、ほどよい距離感が大切なのだ、と。
結婚式もそれと同じだと考えた。そんな“ハコ理論”をもとに、河合は結婚式が盛り上がるための会場創りにこだわった。
ブラスのゲストハウスは、1軒の建物につきパーティ会場はひとつのみ。完全貸し切りのスタイルだ。披露宴会場のサイズは、出席者にとって心地よい距離感を生む広さに設計。ゲスト同士の会話が弾むように、テーブルは大きすぎないサイズのものを選んでいる。
もちろん内装にも工夫を凝らしている。キッチンをパーティルームのすぐ隣に設け、マジックミラーで会場内の様子が見えるしくみに。パーティ中にミラーが突然開いて、オープンキッチンが登場。炎が立ち昇るフランベ演出で、ゲストを「わぁ!」と驚かせるといったサプライズも可能だ。
新郎新婦席も一味違う。通常は固定されていることが多いが、披露宴の最中に動かして、奥に設けたスペースに収納できる。つまり、余興のスペースを会場の隅ではなく中央に設けることで、余興をするゲストを「主役」にすることができる。
このように細部に工夫がなされた“ハコ”により、ひと組ひと組に合わせた演出やテーブルアレンジが自由自在に行える。河合が長年ブライダルの現場で働きながら思い描いていた夢と理想を詰め込んだ“ハコ=会場”。それがブラスならではの大きな強みだ。
そもそも河合本人がウエディングに関わったのは21歳のとき。当時、イベント会社で営業を担当していた河合は、友人の結婚式ではじめて司会を経験した。
根っからの「仕切り屋」「盛り上げ屋」である河合の司会は、素人ながら評判は上々。仲間内のお抱え司会者として天性の才能を発揮するうちに、会場側から「本格的にプロとして活動をしてみないか」と声をかけられた。そして、サラリーマンからプロの司会者になる決意をしたのだ。
河合の司会は独特だ。司会台にじっとしていることはなく、ワイヤレスマイクを持って会場中を自由に動き回り、新郎新婦やゲストにどんどん話しかける。
台本はなく、すべてアドリブ。話しかけた相手の反応を見て、容赦なく突っ込んだり、くだけた言葉をつかうこともある。そのほうが結婚式が大いに盛り上がるからだ。
実際、「こんな楽しい結婚式ははじめて!」「自分のときもお願いしたい!」とゲストには大好評。ところが、式場のマネージャーからはクレームが寄せられることもあった。
当時の結婚式といえば、型通りの堅い言葉づかいがよしとされる風潮。しかも、一日に何十組もの式を行う大型式場では、段取りにないアドリブや演出で式の時間が延びることは絶対に許されなかった。結婚式が盛り上がることよりも、時間内で決められたことをこなすことが優先される。それに納得できず、異端児的にひとり突っ張っていたという。
そんな「いい結婚式を創りたい!」という河合の想いに共感する仲間が、一人、また一人と集まってきた。最初は小さな司会者事務所から始まり、ゲストハウスをオープンしてからは、プランナー、シェフ、パティシエなどさまざまな職種が仲間に加わった。
多様な楽器が集まって最高の演奏をする「ブラスバンド」のようなチームを築き上げたい――それが「ブラス」という社名の由来だ。2020年にはスタッフは450名を数え、式を挙げたカップルは22,000組を超えた。
「『招待したゲストに満足してもらいたい』。多くの新郎新婦はそうおっしゃいます。けれど、そのために何をしたらいいか。そこまで判断できる新郎新婦は実はほとんどいらっしゃらない。なぜなら、おふたりにとっては初めての経験だから。だからこそ、僕たちプロが必要なんです。最高のハコ、最高のチームで最高の結婚式を創る。それが、ウエディングのプロフェッショナルである僕たちが新郎新婦にできる最高のプレゼントです」
『ウェディングプランナーになりたいきみへ3 いま、あらためて問われる結婚式の本質』幻冬舎
『ウェディングプランナーになりたいきみへ2 最高の結婚式を創るために』幻冬舎
『笑いと涙を届ける「結婚式の司会」という仕事 新郎新婦にとって最高の一日を創るプロフェッショナルたち』幻冬舎
『ウエディングプランナーになりたいきみへ ―笑いと涙の結婚式―』幻冬舎
『ウェディングプランナーになりたいきみへ―現役プランナー11人のリアルストーリー』幻冬舎メディアコンサルティング
2016年3月に東証マザーズと名証セントレックスにダブル新規上場、2017年4月に東証一部と名証一部に市場変更、2022年4月に東証プライムと名証プレミアに市場変更に移行した同社ですが、河合さんほど、創業から上場前後までに言うことやスタンスが変わらない経営者を他に知りません。「いい結婚式をつくる」―― その愚直なまでの想いを、会社の成長と共にひたすら磨き上げていく様は、新郎新婦のみならず、これからも多くのファンを引き付けていくことでしょう。
1966年愛知県生まれ。21歳のとき、友人から結婚式の司会の依頼を受け、人生初の司会者となる。以後会社員として働きながら、友人知人からの依頼を受け司会を続ける。
1998年に独立。司会事務所「有限会社ブラス」を立ち上げる。他会場への派遣の司会としての限界を感じ、2003年、愛知県一宮市の住宅展示場を「ゲストハウス」としてリニューアルし、1号店「ルージュ:ブラン」をオープンさせる。現在は愛知・岐阜・三重・静岡・大阪・京都・千葉に23店舗を展開。
病院を飛び出した理学療法士が鳥取県でつくる「つながり」
一人ではできないことを、チームで実現させるスイミー経営
入社1年目にして大阪本社の新規プロジェクトに抜擢。2年目には東京拠点の立ち上げを担う
写真家と事業家、二つの顔で自然や動物に寄り添う
タグ